時間超越 -7- 前編

ハヤカワ版, 誤訳

すでに書店にはグロソフト(笑)が並んでいるようだが、とりあえず、こっちだこっち。
やはり1回ではとうてい終わらないので、また複数回に分けることにした。一部、284巻『氷界から来た男』(これも「氷山から出てきた男」だろうなあw)からの抜粋についてもとりあげるので、当該ハヤカワ版を探したがみつからなかった。こないだ、古本処分する際にみかけたんだが……。書き込みしてる本は売れないしな(爆) どこやったんだろ。

■210p

ハヤカワ版:
あるいは、五つの衛星の光がそう見せているだけかもしれない。しかし、
原文:
Das Licht der fünf Monde mochte Alaskas Augen täuschen, aber sein Gefühl ließ sich nicht beeinflussen.

試訳:
五つの月の光はアラスカの目は惑わすかもしれないが、感情までは影響しえまい。

目で見たもの以外に、なんかすっげえ感じがする、のである。次の文章も、「放射」じゃなくて、「オーラ」と考えればわかりやすいかと。

ハヤカワ版:
 その肉体は硬直して、ぴくりとも動かない。
 アラスカはこの生物がすぐにも動きだすと思い、待ったもの。
 だが、それは間違いだったのだ。
原文:
Saedelaere registrierte, daß er wie erstarrt stehengeblieben war.
Unwillkürlich wartete er darauf, daß diese Wesen sich bewegen und etwas Großartiges tun würde.
Aber es geschah nichts.

試訳:
 アラスカは、自分が麻痺したように立ちすくんでいたことに気づいた。
 知らぬまに、この存在が起きあがり、なにか壮大なわざをしめすことを待った。
 だが、何も起こらない。

アラスカの宇宙的本能(笑)が、とんでもないやつに出会っちまった……と反応したの巻。目を覚ますと同時に、「天上天下唯我独尊」と宣言するとでも思ったのかねw
しかし、「寝ている(liegen)」異人が「立ちすくんでいる(stehenbleiben)」って脳内描写は、どこか変だとわかってもらいたいものだ。その er =アラスカじゃん。

■211p

ハヤカワ版:
 そのまま、待ちつづけた。どれほど待ったかわからないほど長く。だが、ついにあきらめて、立ちあがる。この生物とコンタクトしたかったのだが、このまま待っても意味がない。
原文:
Der Transmittergeschädigte wußte nicht, wie lange er neben der reglosen Gstalt gestanden und gewartete hatte, aber nach einer Weile setzte er sich wieder in Bewegung. Er hatte nicht den Versuch unternommen, Kontakt mit diesem Wesen aufzunehmen, denn er war sich darüber im klaren, daß das sinnlos war.

試訳:
 身じろぎもしない姿の横に立ったまま、どれほど待ったかわからない。だが、そろそろ動くことにする。コンタクトは試みなかった。いまそうしても無駄なことはわかっていた。

まぁ、勝手に腰をおろした(笑)以外は、結局、ニュアンスというか、主観の問題でしかない。

ハヤカワ版:
だが、小道も都市と同様、完全に見捨てられて、まったく動くものの気配がない。
 途中、いったん立ちどまり、あらためて穴を見下ろす。ここからだと、直径が二十メートルほどあるとわかった。
原文:
Der Weg war jedoch verlassen, und auch unten in der Stadt regte sich nichts.
Von hier oben aus konnte Alaska die Öffnung im Hang in ihrer gesamten Ausdehnung überblicken, und er schätzte, daß ihr Durchmesser etwa zwanzig Meter betrug.

試訳:
だが、小径にひとかげはなく、下方の都市にも動くものは見あたらない。
 この高さからだと、斜面の開口部の全景が見わたせる。アラスカは、直径およそ二十メートルと見積もった。

ふりかえって、小径を見て、都市を見て。いきおい、途中にある穴も見ているのだ。あらためる必要、特にないはずだが。

■212p

ハヤカワ版:
ミステリアスな巨人
原文:
der mysteriöse Hüne

試訳:
ミステリアスな巨漢

身長2メートルを巨人と呼ぶかは微妙だが。個人的には、Gigant や Riese は「巨人」で、Hüne は「大男」だと思っている。え? 自分ルールはもぉええって?

ハヤカワ版:
 次に、あたりを一周してみる。
原文:
Der Mann mit der Maske umrundete die Hütte.

試訳:
 小屋のまわりを一周してみる。

いや、「あたり」だと「小屋の近場」で、うろうろしてそうに感じたので。特に誤訳というわけではない。

ハヤカワ版:
最後に、重々しい木製の扉の前に立つ。あらためて耳をすましたが、やはりなにも聞こえない。
原文:
Alaska ging zu der schweren Holztür, preßte ein Ohr dagegen und lauschte. Alles war still.

試訳:
重たそうな木の扉に耳をおしあててみたが、静まりかえっている。

聞き耳頭巾……じゃなくて仮面か、アラスカ(笑)

ハヤカワ版:
ついさっきまで、だれかがいたにちがいない。アラスカは扉を全開にすると、用心のため、数歩後退。
原文:
Das bedeutete, daß jamand anwesend oder erst vor kurzer Zeit gegangen war. Alaska stieß die Tür völlig auf und trat vorsichthalber einen Schritt zurück.

試訳:
だれかいるか、少なくともついさっきまでいたにちがいない。アラスカは扉を全開に押しあけると同時に、用心のため一歩後退。

いるかもしれないので、用心したのだ。押し開いた反動でバックステップ?
まあ、このへんは、実はどうでもいいのだ。

ハヤカワ版:
 しかし、原始的な棲み家からは、だれも跳びだしてこなかった。なかをのぞきこむと、暖炉で火が燃えている。室内を眺めまわすと、壁のあちこちには棚があり、奇妙な日用品がならんでいた。いずれも見慣れない意匠のものだ。どうやら、異なる文明からもたらされた“珍品”のコレクションらしい。おそらく、さまざまな惑星で収集されたものなのだろう。
原文:
Die primitive Wohnung war jedoch verlassen. Das Feuer brannte in einem offenen Kamin auf der einen Seite des einzigen Raumes. Mitten in der Hütte sprudelte Wasser aus einem steinernen Brunnen. Überall an den Wänden hingen fremdartig aussehende Gegenstände. Zweifellos kamen sie von verschiedenen Ursprungsorten. Es war eine Sammlung ungewöhnlicher Dinge. Alaska überlegte, ob sie von fremden Planeten zusammengetragen worden waren. Vieles deutete darauf hin.

試訳:
 しかし、原始的な住居は無人だった。ひとつきりの部屋の一隅では暖炉で火が燃えており、中央には石造りの泉から水が湧き出ていた。壁のいたるところに、見慣れぬ外観の道具がぶらさがっている。明らかに、どれも出所が異なる。珍品のコレクションだ。別々の惑星で収集されたものではなかろうか。見たところ、その可能性は高い。

試訳の後半は、少々意訳。直訳は、「多くのことがそれを示唆している」。
この段落のポイントは2つ。部屋の中央には泉があることと、コレクションは壁にぶらさがっていること。どちらも後の訳に影響する事実である。

泉は、時間の井戸と同じ Brunnen だが、湧水の描写があるので、あえて泉とした。どちらにもなりうるのが、この単語のめんどくs……もとい、便利なところ。たとえば、獅子の泉と書いてレーヴェンブリュンとルビをふるなら、その建造物はどこかにライオンの彫像があって口から滔々と水を零しているにちがいないのだ(笑)
#いいのか、断言してwww

ハヤカワ版:
 さらに観察をつづけるうち、天井からぶらさがるソーセージに気づく。ありがたい! これで、当面は餓死することもないだろう。庭には泉があるから、水も確保できる。
原文:
Die Blicke des Zellaktivatorträgers wanderten weiter. Zu seiner Überraschung hingen an der Decke mehrere geräucherte Schinken. Zu hungern brauchte er also nicht. Wasser konnte er sich aus dem kleinen Brunnen beschaffen.

試訳:
 さらに視線をさまよわせると、驚いたことに、天井からいくつも燻製肉がぶらさがっていた。どうやら飢えることだけはなさそうだ。水も小さな泉で確保できる。

にわにはにわにわとりがいた……かは知らないが、とりあえず泉はないんじゃね? というか、文中に「庭」という単語はないから。室内に泉がある描写を削除したこと、どうやらすっかり忘れてしまったらしい。

ソーセージ、と訳されている geräucherte Schinken は、「燻蒸された、燻製もも肉」で、少々修飾がくどい気がするのと、主にもも肉らしいが、そもそも何の肉なのかわからないのでそこもシンプルに。たぶん、乾し肉にするのにぶらさげてたら、暖炉の煙でいつのまにか燻製になってたってやつ? 腸詰加工の描写はないなぁ。

■213p

ハヤカワ版:
ちいさな部屋だが、すくなくともふたつの世界の様式が見てとれる。どちらも、似たような原始的環境にある世界で、コレクションの大半も、そこから持ってきたらしい。
原文:
denn hier hatten sich offensichtlich auf kleinstem Raum zwei Welten manifestiert. Es war schwer zu glauben, daß der Bewohner all die seltsamen Gegenstände zusammengetragen hatte und gleichzeitig in einer derart primitiven Umgebung lebte.

試訳:
小さな部屋だが、明らかにふたつの世界が顕在していたから。その住人が、これら奇妙な道具をコレクションする一方で、かくも原始的な環境で暮らしているとは、実に信じがたい。

道具……と訳しているが、どうやらカリブソがシルクハットから出すハイテク機器の同類のようだ。要するに、ハイテクとプリミティブの両面がこの部屋にはある、ということ。

ハヤカワ版:
 殲滅スーツの一セグメントが、注意深くとめてあるのだ。
原文:
Das so sorgsam an die Wand geheftete Utensil war ein Teil des Anzugs der Vernichtung.

試訳:
 実に念入りに壁にとめてある、“道具”と思っていたものは、殲滅スーツのセグメントではないか。

ここで用いられる形容詞 geheftet「とめた、くっつけた、鉤どめされた」は、ローダン・ヘフト等の Heft と同根の動詞 heften の過去分詞。あれは、ホチキスで中綴じにしてあるわけやね。
つまり、ほかの道具類も、壁にピンどめか、壁にうった鉤にひっかけてあると思われる。ここで「大切に棚に置いてある」ならともかく、前ページで「棚」とある理由が、いまいちよくわからない。

ハヤカワ版:
 人間の生命活動は、その心理にも影響をあたえる。論理的思考をやめれば、こんどは感覚が研ぎすまされるもの。
原文:
Bestimmte Ereignisse im Leben eines Menschen vermögen seinen Verstand so zu beeinflussen, daß er aufhört, vernünftig zu denken, und nur noch seinem Gefühl nachgibt.

試訳:
 人生におけるある種のできごとは、その人間の悟性に、理性的思考をやめ、ただ感情に屈するよう影響をおよぼすことがある。

あー……だから「考えるな、感じるんだ」は、あまり適切ではないとこのあいだから(笑)

ハヤカワ版:
目の前に、自分がずっと、想像もできない力の影響下にあったという、動かぬ証拠があるのだ。
原文:
denn nun hatte er den unumstößlichen Beweis vor Augen, daß er sich im Kraftfeld einer unvorstellbaren Macht befand.

試訳:
自分が想像を絶する力の勢力圏にいるという、まごうかたなき証拠を目のあたりにしたのだから。

befinden sich は再帰動詞「自分を・みつける」で、「~にいる」。
で、「目の前に動かぬ証拠がある」のはいい。それがどういうものかというと、befand sich ……地の文で過去形なので、「いま」アラスカがいる、ということ。どこにいるかというと、「想像できない力の力場内」にである。

■214p

ハヤカワ版:
自分が罠に追いつめられた動物になったような気がする。その“想像もできないなにか”は見えないものの、身近には無数の“示唆”があった。
原文:
Alaska duckte sich wie ein in die Enge getriebenes Tier. Das Unbegreifliche war nicht sichtbar, aber seine Nähe deutete sich in unzähligen Dingen an.

試訳:
アラスカは追いつめられた獣のようにちぢこまった。想像もできない存在は見えこそしないが、すぐ近くにいることを無数の事柄が示唆していた。

ducken sich は「身をかがめる」。ボクシングのガードでいうダッキングだ(笑)
まぁ、このへんのアラスカは、理性を投げうって感情(恐怖)に圧倒された、おどおどきょときょと状態である。

ハヤカワ版:
テラナーのシュミットと名乗るサイノスは、おのれが消える直前、スーツをあずかるようシェーデレーアにたのんだもの。
原文:
Schmitt, wie die Terraner Cyno genannt hatten, war unmittelbar darauf verschwunden. Alaska erinnerte sich noch daran, was Imago I zu ihm gesagte hatte.

試訳:
テラナーにシュミットと呼ばれたサイノスは、その直後に姿を消した。かれがなんと言ったか、アラスカはいまもおぼえている。

このあとのシュミットのセリフは、284巻『氷界から来た男』の抜粋と思われる。当時もおやおやと思ったものだが、ついでにとりあげておく。

訳文:
「このスーツはだれにでもフィットする。いつの日か、身につけることになれば、ぴったりだと思うだろう」
原文:
“Der Anzug der Vernichtung paßt jedem! Sie werden ihn eines Tages tragen. Dann werden Sie auch wissen, wozu er gut ist.”

試訳:
『殲滅スーツはだれにでも合う! きみはいつの日か、これを身につけるだろう。そのとき、なんの役に立つかもわかるはずだ』

後半は、別にサイズの話をしているわけではない。

ハヤカワ版:
 あるいは、あの神秘的な男と、ここで再会するのかもしれない。
原文:
Alaska glaubte, den geheimnisvollen Mann wieder vor sich zu sehen.

試訳:
 まるで、あの神秘的な男がまた目の前に立っているかのようだ。

それほど、ありありと記憶していた、というにすぎない。シュミットが、影を投げかけないオベリスクに変じたことは、確かに読者しか知らないことかもしれないが……。

ハヤカワ版:
「きみはわたしを疑わなかった」と、あの男はいった。「すくなくとも、わたしの問題を理解しようとしてくれた。それでも、わたしの存在自体を理解したわけではない。きみにとり、わたしはシュミット……一サイノスなのだ」
原文:
“Zumindest haben Sie versucht, meine Probleme zu verstehen”, hatte Schmitt gesagt. “Trotzdem wissen Sie nichts von mir. Für Sie bin ich Schmitt, der Cyno.”

試訳:
『すくなくとも、きみはわたしの問題を理解しようとしてくれた』と、シュミットはいったもの。『それでも、わたしのことをなにひとつ知らないままだ。きみにとり、わたしは、サイノスのシュミットだ』

まあ、単に強調しただけだと思うのだが。Schmitt, der Cyno はいわば並列で、しかも定冠詞つきだから、一サイノス(ein Cyno)とはちょい意味合いがちがうような。

ハヤカワ版:
 なぜこの不気味な“プレゼント”を、自分にあずけたのか?
原文:
Welche tiefer Bewandnis hatte dieses ungewöhnliche Geschenke, das er Alaska gemacht hatte?

試訳:
 アラスカにしたこの尋常でない贈り物に、どんな深遠な事情があったのか?

不気味なのはたしかだけど。むしろ、アラスカ自身はどんどん適応しちゃってる気がしないでもない。というのは、次のページで詳細に述べられる。

■215p

ハヤカワ版:
 マスクの男はテラ科学チームに調査を依頼した。
原文:
Saedelaere hatte den Anzug der Vernichtung einem Team terranischer Wissenschaftler übergeben müssen.

試訳:
 シェーデレーアは殲滅スーツをテラ科学チームに提出せざるをえなかった。

不明な手段でイマジナールを殲滅したのはこのスーツだけに、ローダンとしても調査はせざるをえなかっただろう。これはむしろ、命令だったと思われる。

ハヤカワ版:
 だが、それにつれて、人生も大きく変わってしまった。意識が拡大するとともに、さらに異質なものが目の前に出現するようになったのだ。しかも、その過程で、人々との乖離はさらに大きくなっていった……
 自分が次の一歩をしるすあいだに、のこった人類のあいだでは、数世紀が経過しているかもしれない。
 転送障害者はこれまで、宇宙的意識ともいうべきものを発達させてきた。
原文:
Gleichzeitig hatte dieses Geschenk sein Leben völlig verändert. Sein Bewußtsein war erweitert worden. Dinge, die ihm früher fremd und unbegreiflich erschienen, waren ihm nun vertraut. Bei dieser Entwiklung hatte er sich immer weiter von den anderen Menschen entfernt, ohne daß ihn dieser Vorgang belastethatte, wie früher der Fall gewesen war.
Alaska hatte einen Schritt nach vorn gemacht, den die übrige Menschheit vielleicht erst in Jahrfunderten wagen würde.
Der Transmittergeschädigte hatte ein kosmisches Bewußtsein entwikkelt.

試訳:
 同時にこの贈り物は、かれの人生を根底から変えた。かれの意識は大きく広がった。かつては異質で理解しがたかった事物が、いまや身近なものとなった。この展開に際し、周囲の人間との乖離はいっそう進んだが、以前のようにそれに苦しむこともなかった。
 他の人類があるいは数世紀後にようやくなしうるかもしれない一歩を、アラスカは踏みだした。
 宇宙的意識とでもいうべきものを発達させたのである。

なんでひとまとめにしたかというと、これが全部つながった段落だからである。人生が変わったというのは、こーんな風で、結果として、宇宙的意識の発達にいたる、という流れだ。訳文だと、最後の文章の手前で話題がとぎれている。しかも、内容まちがってるし。

動詞 erscheinen は「現われる」の意味もあるが、「~のように見える、思われる」としても用いる。この場合は、「かれ(アラスカ)には、異質かつ理解不能として現われる」→「~に思われる」となる。
最後の文章の entwikkelt は、おそらく entwickelt の誤植。

……。
最近、照合していて思うことは、文章量の調整として削る際に、内容を理解する前にやっちまってるんじゃないかということだ。削った方に、重要な情報が残されているケースがまま見うけられる。翻訳ソフトに訳せなかったからって、別に不要なわけじゃないんだぞ?
(翻訳ソフト使用説には否定的見解だったが、あらためないといかんかなぁ……)

Posted by psytoh