NEO340巻『宇宙創生』――変貌した未来へ
9月27日発売のローダンNEO340巻『宇宙創生』(シェーファー)から、新シーズン〈パラゴン〉が開幕した。
前巻『静寂が来る』において、現実を書き換える黒い雪がふりしきるアルティプラノで、ラウマエ=プリマートを倒したローダン。だが、彼が生きのびたということは、〈シマイオス〉こと“すべての終わり”たる災厄はとまらない――。
そして本巻では、これまでのNEO宇宙で前例のない長期の時間ジャンプがなされるという予告がなされていたわけだが。まずは、未曾有の災厄シマイオスへといたる流れをざっと概括してみたい。
まずは、キーパースンのひとり、アラスカ・シェーデレーアについて。
正篇ではカピンとの衝突という転送事故でマスクマンとなる宿命を背負ったテラナーだが、NEOではだいぶ事情が異なる。
デンマーク生まれのアラスカ少年は、だいぶ影がうすく、気がつくといなくなっていて両親はたいそう苦労したらしい(笑) そのうちの1回、ユトランド半島でのキャンプの際、少年は失踪中に猫の顔をした女性に遭遇した。おそらくこれはダオ=リン=ヘイのことで、アラスカはジョルジュ・ダントン同様、〈深淵の姉妹〉に目をつけられた存在といえる。
NEOへの登場時は《ソル》に勤務するエンジニア。M-3へ誤転送されたテラへ駆けつけた亜鈴船はまもなく量子の泉の作用で1万年の過去へ漂着してしまう。当時のアルコン帝国や超重族レティクロンとあれこれあった後、現在時へ帰還する際、搭載艇で出動していたアラスカは、エンジンを撃ちぬかれ、ただひとり過去界へ島流しの憂き目に遭う。
メハンドール(スプリンガー)の女性との悲恋の後、さまようアラスカをダオ=リンが誘導し、たどりついた遺跡でアーティファクト〈アトラクト〉が顔に埋め込まれてしまう。その顔を見たアルコン人が狂死したことから、アトラクトと類似したホウ素素材のマスクを常用することを余儀なくされた。
同じくダオ=リンに導かれた存在であるレティクロンと邂逅、彼が復讐を誓う“テラナー”の情報源として徴用される。嘘をつかない(黙っていることはある)アラスカはレティクロンにある意味信頼され、ゴン=メカラの艦隊要員とともにコールドスリープで1万年をすごして現在時への帰還をはたした。
レティクロンが打倒され、M-3から逆転送されたステイシス状態のテラを訪れたアラスカは、ローダンの眼前で複数のアトラクトをあやつりルーワーの泉主サンティア=ペルクを殺害。踏破スーツを奪って姿を消した。その少し前、アラスカは意識不明の状態で「シマイオス。はじまる……」とつぶやいたりしているので、過去のどこかで、なんらかの情報を仕入れていた可能性はある。錯綜する記憶の中では、盲目の少女キトマさんと出会ったりしているのだが(笑)
うーん、これでもざっとではあるんだよwww
そして〈カトロン〉との対決について。
アフィリアによって太陽系を汚染し、テラナーの脳髄を自らの生体パーツにせんとしたカトロン。その直前、マゼラン星雲へ遠征した《ソル》が過去のM-87へ漂着したのは過去記事のとおり。
脳髄輸送用に建造されていた《バジス》でM-87へ飛んだローダンらは、現地の情勢をつかむとともに、カトロンの“毛細血管”システムで巨大銀河に漂着していたイホ・トロトと合流。ハルト人の得たデータから、《ソル》が深淵の姉妹の母船《ナルガ・プール》とともに次元トラップに囚われていることを知る。《バジス》の未知の動力源テッセラクトを犠牲に両船を解放した一行は、時間の流れの異なる異次元にいた結果生きのびていた《ソル》首脳部から惑星モノルの存在を知り、毛細血管システムで銀河系へ帰還するべくこれをめざした。
再びあらわれた泉主パンカ=スクリンの協力でカトロンの狂化インパルスを遮蔽する遅延スーツを得たローダンは数名のチームでモノルの九塔施設に侵入する。カトロン中枢を破壊せんとする、かつての中枢の設計者ルーワーの一団、カトロンを利用せんと試みる深淵の姉妹のチームとの三つ巴の争いの中、ローダンの眼前に出現したのは、かつてアラスカに奪われた踏破スーツ! これに宿るサンティア=ペルクの魂に導かれ、ローダンの意識ははるか過去へと旅する。
太古文明〈先駆者〉の遺跡で情報汚染されたルーワーの、最初の〈泉主〉の誕生。彼が知った、宇宙の量子構造の異常。これを正すためのカトロン建造計画は、泉主自身を含め、多大な犠牲をはらって継続された。適合する特殊な脳が大量に必要で、それを集めるには長い時間を要した。アフィリアのように、惑星ひとつまるごと種族の脳を変質させたりもした。最初の泉主の娘サンティアはこの計画にかすかな疑念を抱いたが、ルーワーはもう止まらなかった。
やがて、それ自体を宇宙に対する脅威とみなした勢力――ガルベッシュの猛攻がはじまる。カトロンは昏睡状態に陥り、おとめ座銀河団にいたルーワーは根絶された。そのすべてを、ローダンはサンティア=ペルクの目を通して体験した。
現在時では、カトロンを破壊しようとする中枢の設計者の残党と、根幹細胞を奪取し別の場所で計画を続行しようとする深淵の姉妹の艦隊が対峙していた。建造者と、反対勢力として誕生した勢力が、立場を逆転していた。めざめたローダンは、8人の泉主とともに姉妹に対抗(幼生のパンカ=スクリンに噛まれたローダンは疑似泉主)、《ナルガ・プール》はモノルに墜落し、惑星は砕けた。
最後にローダンは、クリスタルに保存されていたカトロンの知識の一部が、悲鳴をあげてジェット流に乗って局部銀河群方面へ逃げた、と思った。
そして〈プリマート〉が登場して、災厄を防ぐにはローダンを殺さないと、と主張する。
青い髪の少年ラウマエに顕現したプリマートとは、実はカトロンの残滓と、シマイオスの予兆にパニックに陥った〈それ〉の一部強硬派の融合体であったらしい。銀河系へ帰還した《バジス》でローダン暗殺に失敗した少年は惑星を転々とし、ルナの都市ひとつを破壊してテラへといたる。
しかし、「ローダンがシマイオスの引き金になる」ことは、なんだか公然の秘密だったようだ。深淵の姉妹にも、それが理由でローダン殺害を主張する一派がいたらしい。もっとまずいことになるんじゃね?という主流派の意見が通ったようだが。また、希有な災害であるシマイオスを観測しようと太陽系に飛来した《モジュール》の研究者たちもそれを知っていた。プリマートの罠で瀕死のローダンが死んだらまずいんじゃね?と、ドウク=ラングルの隠し持った機器でテラナーの生命を救う許可を出している。なのに、裏で糸をひいていたっぽい〈それ〉の内部で意見が割れるとか、おかしくないかとも思うのだが。
なんでもカトロンにつかまっていたとかゆー〈それ〉は、そう主張している。
ともあれ、〈時の担い手〉であるローダンが(意識体だけだが)立ち会ったことでカトロンは誕生し、おなじ理由でガルベッシュの襲撃でも破壊されることなく生きのびた、という。
そして肝心のシマイオスだが。黒い〈夢の灰〉は、量子空間がどーたら、潜在的未来がこーたらというから、正篇コスモヌクレオチド内空間でプシオン情報量子がほにゃららしているのと類似といえば類似。〈それ〉を物質の泉にするのだー!と某ターちゃんがやらかしたのを思い出して少し笑ったw
プリマートを倒すのに時の井戸からあらわれたアラスカが協力。マスクマンの触れたグッキーはいずこかへ転送される。
トーラは黒い雪の“ロト効果”で黒い柱に変じ、アルティプラノ高原への艦砲射撃の炎の中に消えた。
これがシマイオス、“すべての終わり”なのか?
〈それ〉はいう。〈必要なことはすべてなされた。完成のプランはまだ終わっていない……〉
カトロンの残滓を呑み込んだ時の井戸の吸引力に、ローダンは屈した。周囲に暗黒が落ちる。
最後にアラスカの声が、「静寂が来る!」
アコン人とテラナーのハーフ、シリコルのナウマンはトレード・シティのはずれ、酒場〈ホメロスのオデュッセイア〉にいた。取引相手のテラナー女性が提示したものは、遷移データのシソーラス。8つの惑星をもつ黄色恒星の、第3惑星へたどりつくためのもの。半信半疑ながらも大枚500クレジットを支払ったナウマン。
彼が船長の貨物船《エウポリオン》の乗員たちは、乏しい蓄えから消えた500クレジットに愚痴をこぼしつつ、冒険の準備にかかった。そう、いまや宇宙航行は冒険なのだ。超空間の“顆粒”現象により、遷移の効率は激減し、危険度は跳ね上がった。星間通商などほぼ存在しないに等しい。
失われた地球……その言葉にひかれて、貯金をはたいてみたものの、目的の座標にあったのはK型の赤色矮星、めぐる惑星もひとつだけだった。ガセネタか――落胆が乗員たちに広がる。なにがしかのカネ目のものを求めて、惑星に着陸することとなった(唯一の搭載艇は、修理用に部品を抜かれてスクラップ同然)。
惑星にドリオンと名づけたのは、8歳になるナウマンの娘クレオだった。難民惑星のひとつで知り合った女性が、数年後に手紙1枚をつけて寄こした少女は愛らしく、気難しい乗員たちにも可愛がられていた。だが、遺伝性の難病をかかえ、おそらく長くは生きられない身である。
同行をせがむ娘を押しとどめ、わずかに残ったロボットを先行させて、ポジトロン工学者のアルコン人サウロン・ダ・レブリクとともに無人の森へ分け入ったナウマンは、それを発見する。サウロンが“エメラルド・コフィン”と読んだ透明な緑色の立方体と、そこに眠るひとりの男性を。
外部から観察したかぎりでは、このテラナー男性は“生きて”いる。ステイシスに似た状態にあるようだ。不注意からナウマンがコフィンに触れると、透明な物質は消失し、男がめざめた。ブルーグレイの目が開き、
「ハロー。わたしはペリー・ローダン。ここはいったいどこか、教えてくれるかね?」
ナウマンはその名を知っていた。大人ばかりの船で数年をすごし、ALSに似た難病のため元気に遊びまわることもできない娘のために、できる限り船内のデータベースの情報は最新のものに更新しており、最近のクレオのお気に入りのテーマのひとつだったのだ。シマイオス以前の時代に、テラナーを宇宙へと導いたという、実在したか否かもさだかでない人物。テラナーとも、アルコン人とも、ハルト人とする説まであった。
ともあれ、テラナーを連れて《エウポリオン》へ戻ったナウマンを凶報が待ち受けていた。クレオが消えたのだ。そこまで退屈だったのか。焦るナウマンに、ローダンが「手伝おう」と捜索を買って出た。迅速・的確な行動と、驚くべき決断力で、テラナーは食肉植物に襲われていたクレオを見つけ出し、救出する。さらに、細々した作業にも手伝いを申し出て、そのできる男ぶりにまたたくうちに乗員たちの信頼を勝ち取った(笑)
とはいえ、ナウマンはローダンの内心の焦りに気づかざるを得なかった。伝承のとおりなら彼はシマイオス以前の人間だ。シマイオス自体とその後の〈時間混濁〉現象――あるものは数十年続いたといい、別のものは数ヵ月という――のため正確なところは不明だが、現在は“シム321年”とされている。テラナーは数百年を失っていた。
シマイオスの後、中央政体は存在しない。顆粒現象と、それが重力場の強いところに集中する〈無風ゾーン〉(※)の形成のため、宇宙航行はごく限定的にしか存在しない。ナウマンの知るかぎり、局部泡を超える流通は存在しなかった。ソル系近傍は巨大な無風ゾーンのため接近すら不可能。テラは消失したと伝えられていた。銀河系中枢部は黒い塵雲に覆われ、〈パラゴン〉と呼ばれているという……。
ナウマンと、すっかりローダンに懐いたクレオはわかるだけの情報をローダンに教えたが、テラナーの心は晴れない。故郷は、そして友人たちはどうなったのか。シマイオスとは何で、そもそのすべては彼の責任なのか。答えはどこにあるのか。
※Kalmenzone。正篇ではエスタルトゥ十二銀河にあったプシオン網が死んでる宙域(ハヤカワ版は“凪ゾーン”)。
《エウポリオン》はドリオンから一番近い難民惑星のひとつニンバスへ寄港する。シマイオス後に人口が集中した退避所で、一部には非合法ながら星間通商をおこなう富をもつ者も存在する。つまり、貨物船の出番がある星ということだ。
ローダンにとっては、ニンバスがアルゴルにほど近いという意味があった。かつての太陽系ユニオンの構成惑星で、ソル系からわずか100光年足らず。情報や、あるいはスクラップ同然の《エウポリオン》ではなく、ソル系周囲の無風ゾーンに挑める船がみつかるかもしれない。
降下中、ローダンは都市のところどころにそびえる教会風の建築物に目をとめる。ナウマンは「パラゴン教団だよ」とこたえた。シマイオス後に興った宗教団体のひとつで、ニンバスで支配的な団体だという。
テラナーに信を置いたナウマンにともなわれ、ローダンは“クライアント”との打合せに同行する。自分の名がいらぬ関心をまねかぬよう、ローダンは“ナドール・イレプ”(※)という偽名を名乗ることにした。
※Nadohr Yrrep。アルファベットの逆さ読みである(笑)
お高そうなレストランで待ち受けていたクライアントは、いかにも横柄で、運搬の依頼というよりも、“犯罪の片棒をかつがせる”においがプンプンしていた。だが、問題はそこではなかった。手元不如意なナウマンが唯々諾々と依頼を受け入れようとしたとき、近くの席にいたエルトルス人に目をとめ、思わず叫んだ。「コーレ!」いきなり名を呼ばれた方もとびあがった。「てめぇ……マダムが会いたがってるぜ」手元不如意すぎて、メハンドールからの借金を踏み倒していたナウマン。さあ困った(笑)
状況をすばやく見てとったローダンはナウマンをせかして厨房をつっきって庭へ。つかみかかってきたエルトルス人をステップでかわし、ジャンプだ! パンチ、キック! (鉄板殴ったみたいだ……)と、内心痛みにうめきつつ、稼いだ隙に外へと逃げ出した。もっとも、先行させたナウマンはコーレの連れの暗殺者みたいなテラナーにとっつかまっていたのだが、ローダンは知るよしもない(笑)
さて、ナウマンとはぐれたローダンは、ニンバスの首都イマゴの雑踏をさまよっていた。文化のるつぼ。大半はテラナー、アルコン人、アコン人だが、メハンドールやトプシダー、一度はアザラク(正篇のブルー人)を見たと思った。移動が局所泡に限定されるのであれば、アルコン人やアコン人ですら故郷を遠くはなれた根無し草である。薄暗い街角では、昔ながらの、赤いボールをカップに隠し、3つのカップをすばやく動かしてボールがどれに入っているか当てるシェルゲームで盛りあがっている一団もいた。
はじめて訪れた星の見慣れない情景。《エウポリオン》の停泊している宇宙港までの道のりもあやしい状況で、不意におのが孤独を噛みしめた。ありとあらゆる知己から、自分は最低300年の時間切り離されている。再会できるにしても、一部の長命……不死者だけ。トーラはやはり、死んだのだろうか。呼吸がうまくできない。1万年を地球ですごしたアルコンの友は、こんな気持ちを抱きつづけたのだろうか……。
ふと、脇腹になにか尖った硬いものが押し当てられた。「生命がおしけりゃ、持ってるもの全部出しな……」声の主は、小柄な少女だった。せいぜいクレオより6、7歳年長の、まだ子どもだ。すたぼろの服、寒いのだろう、くちびるは青い。
少女はローダンを建物のあいだの路地へ押し込もうとした。だが、しょせんは子どもだ。注意のそれた一瞬で、からだをひねって刃先をかわし、手首をつかんで親指でつぼをおさえれば、形勢はたちどころに逆転した。
しゃがみこんでふるえる少女に顎クイして名前をたずねるローダン。少女はあわてて目をそらした。凍えている肩に上着をかけてやり、もう一度名を問うと、「ジナ……」とこたえが返ってきた。さすがカリスマテラナー、いちころである(笑)
ローダンはジナを連れて、さきほどのゲームをしているシガ人のところへもどった。なにはともあれ、軍資金は必要である。そもそも、追い剥ぎに有り金出せといわれても、いまのローダンは無一文なのだ。《エウポリオン》であてがわれた新品のコンビネーションを担保にいくばくかの硬貨――クレジットは電子通貨で、こちらは稀少鉱物を用いたリアルマネー――をせしめると、するどい観察眼と電光石火の早業でいかさまを暴くことで3倍にしたローダン。シガ人をわからせるには、さきほどジナからまきあげたナイフが役に立った。どっちが無法者やw
ジナの案内で訪れた、“ここらで一番うまい”屋台の料理は、ハサミムシの煮込みで、半分も呑み込む前にローダンは食欲を失った。だが、少女は人心地ついたようだった。これからどうするか、ローダンが思案するより早く、声をかけてきた男がいた。ジナを捜していたらしい、かなり身なりのよい人物は、パラゴン教団のブラザー・アウグンと名乗った。
ブラザー・アウグンの話を要約すると、ジナは教会の指導者ブラザー・オベロンが“人材仲介屋”から“身のまわりの世話”のために購入したという――言葉を変えれば、奴隷である。不確かなまま少女を放り出すわけにもいかず、ローダンは教会で一晩すごせばいいというアウグンの提案を呑んだ。
パラゴン教会の神殿は、外見こそつましいが中身はなかなかに豪華だった。3人を出迎えたのは、白髪頭を短く整え、善良そうな微笑みを浮かべた太った老人だった。「どこへ行っていたのだね、心配で病気になりそうだったよ」としゃがんでジナを抱擁した老人こそ、教会指導者ブラザー・オベロンである。
ジナが入浴して“身綺麗に”するあいだ神殿を案内されながら、求められるままにローダンはブラザー・オベロンとことばを交わす。途中、医師のブラザー・トウィアンが医薬品の棚卸しをしているところに遭遇。明らかに、貧しいニンバス社会にふさわしくないほどに物資が整っている。だが、ローダンの指摘にもオベロンは悪びれることなく、貧しき者、困窮する者を救わんと欲すれば、おのずとリソースは必要なものですよ、とこたえる。テラナーの目には、そのことばに嘘があるとは見えなかった。
塔屋を登り、展望プラットフォームに出たふたりは、テラニアのような大都市に比せば貧相な、しかしまちがいなくそこには多くの人々の生活が宿る夜景を見下ろしながら、忌憚なく意見を交わした。驚くべきことに、オベロンはレストランでのエルトルス人との悶着を知っていた。《エウポリオン》のことも。シェルゲームでのナドール(ローダン)の手際も。
その情報網でつかんだ内容を知ったうえで、ある確信をもってブラザー・オベロンはローダンは対話へといざなった。彼は老人だ。そして、教団を率いる後継者を必要としていた。それだけの才をもつ人物として、ナドール・イレプをここへ招いたのだ。
パラゴンとは何か? ローダンの問いに、ブラザー・オベロンはいう。わたしはパラゴンのメッセージを聞いた――。
シマイオスは破局ではない。天罰でもない。滅びでもない。静寂のあとには対話がある。暗黒のあとに光がある。終わりのあとには、新たなはじまりが訪れる……。
パラゴンが誰、あるいは何であるかを、わたしは知りません。ただ、その物理的プレゼンスが銀河系中心部に顕現し、メッセージを……錯綜し混乱した思考と映像を放っていることを知るのみ。有限なるがゆえにわれわれにはとうてい知り得ない宇宙の無限性。われわれに意味などないとしたら。時間・空間・われわれ自身の存在が、偶然にすぎないとしたら。われわれに理解できる論理も法則もそこにはないとしたら……?
オベロンが宗教者であることは疑いなかった。しかし、ローダンにはそれをどう理解すべきかわからなかった。
銀河中心部は遠く、手の届かぬ場所にある。だが、地球は――無風ゾーンさえどうにかできれば――すぐそこにあるのだ。
部屋の用意ができたとブラザー・アウグンが告げにきたのをしおにふたりは神殿内へもどり、実はブラザー・オベロンの娘であるというジナと短く会話をかわした後、ローダンは床についた。
エメラルド・コフィンからめざめて以来、毎夜ローダンは夢を見る。悪夢を。
黒い柱と化したトーラを。艦砲射撃の炎を。
この夜も、汗みずくになって目をさましたローダン。だが、様子がおかしい。客室内に誰かいる。
ナイフをふりかざして襲いかかってきた男の手をはねのけ、反則の金的攻撃! 相手はひぎぃとうめいて昏倒した。
ドアの外で見張っていた別の男が駆け寄ってくるのへ、膝めがけてドロップキック! これまた相手は苦鳴をあげて倒れた。
騒ぎを耳にしたブラザー・オベロンらがあらわれた。彼が瞠目したのは、ナイフをにぎりしめた暗殺者もどきがブラザー・アウグンであったこと。アウグンは展望プラットフォームでのふたりの会話を盗み聞き、ローダンが教団の後継者と目されていること、やがて自分のものとなると思っていた富が手の届かぬところへ遠ざかることを怨んで、同様の不満を抱くものたちを扇動して謀反を起こしたのだ。
ブラザー・オベロンは自分と娘の生命が大事と、あっさり逃亡を選んだ。彼の案内でアウグンの知らない脱出路を抜け、神殿の別区画へ。そこにあった、オベロンの曰く“アーティファクト”とは、ローダンの見たこともないサイズのゲミンガ集晶(※)だ。それを袋につめ、さらに隠し戸とはしごをすぎると、昨夜ブラザー・トウィアンが棚卸しをしていた医薬品倉庫だった。オベロンがはしごに難渋しているあいだに、ローダンは棚を物色し、ある薬品を袋に放り込んだ。
そして、乱闘の際に倒れたガス灯から出火した火災で騒ぎが大きくなった隙に、3人は昔使われていた石炭用シュートから外へと脱出をはたした。
※正篇のホワルゴニウムのような、ハイパー水晶の原石。多くは密売され、犯罪組織の資金源となった。
イマゴ中央部のホテルで人心地つけた後、今後のことをたずねるローダンに、オベロンはニンバスを離れ、伝手をたどってオリンプにでも行きます、と告げた。まあ、自殺志願者ではないので《エウポリオン》には絶対に乗りませんがね、と笑った老人は、ゲミンガ集晶の入った袋を、ついとローダンの方へ押しやると、「これは、あなたのものです」といった。
また感じたのだ、とオベロンは語る。テラナーこそ、自身や娘より絶対的にこれを必要としている、と。ゲミンガ・クリスタルの換金ひとつとっても、現在の社会では簡単な話ではない。それをさしひいても、集晶はローダンの役に立つはずである、と。
すでに“目的地”へのグライダーも手配済みとのこと。ローダンは不思議な気持ちになった。この老人と彼は、昨夜はじめて顔をあわせたばかりなのだ。まるで旧い友に別れを告げるように、テラナーは短く礼をのべた。ぐずるジナを抱きしめて、ふたりの幸運を祈ると、ローダンはホテルを後にした。
宇宙港の《エウポリオン》周囲には複数のグライダーが陣取り、屈強な男たちの姿がうかがえた。あのエルトルス人、コーレもいる。レストランでの事件を承知していたオベロンは、おそらくこの状況も知っていたか、推察していた。ローダンは堂々とコーレの前に歩み出ると、「マダムと話がしたい。負債を払いにきたと伝えろ」
マダムことカイテスト・ナイダはメハンドールの老女だった。しかし、屈強なエルトルス人たちを手ぶりひとつで従わせる威権をまとっていた。マダムにうながされ、ローダンはゲミンガ集晶を取り出した。老女の目が細められる。かすかに頬が赤みをおび、彼女の座る船長席の肘掛けを、痩せた指がわずかに握りしめた。ひと目でその価値を見抜いたのだ。ローダンは単刀直入に、
「これは望めばあなたのものだ。代価は、《エウポリオン》が修理・補給に要するすべて。借金は帳消し。あとは、あなたが名誉を重んじる大度な商売人であるのなら、ナウマンの口座に1万クレジットを振り込んでもらいたい」
「ペリー!?」ナウマンが叫んだ。(おい莫迦やめろ) それは本名だw
マダムは船長席から立ちあがり、テラナーのもとへ歩んだ。その頬に指をあてて、「自分の欲するものをちゃんとわかってる男だね。それに、見ばもいい」
いろいろと見込まれるカリスマテラナーw いかさましてたシガ人、パラゴン教団教主、今度は暗黒街のマダム。スカウトひっきりなしである。
「実に残念なことに、あなたよりもちょっぴり美しく、ちょっぴり賢い女性に絶望的な恋をしておりましてね。わたしは彼女のものなのです」
マダムはテラナーの鼻先をつつくと、
「まあいいだろう。必要なもののリストをお出し。修理と補給とやらに4日やろう。貸し借りはなしだ――と、ナウマンをにらんで――ただし、将来はニンバスに顔を見せないことだねえ」
半アコン人がガクガクと音がしそうな勢いでうなずいて、その場は手打ちとなった。ローダンは薬の箱を取り出すと、結晶の袋をエルトルス人に渡した。
「もしも気が変わったなら、あんたのことはいつなりと歓迎するよ……ペリー」
マダム・ナイダはそう告げて去っていった。
ローダンが神殿から持ち出した薬品は、〈リルゾタン=X〉といい、銀河医師族アラスが製造する高価なものであった。
クレオの病気はかつてのテラでも症例があり、患者である艦隊高官の息子のため、ある種の政治的取引をして取り寄せた経緯で、ローダンはその名を知っていた。だが、局所泡に経済圏が限定された現状では、たとえあったとしてもその価値は高騰して入手は絶望的だったろう。しかしそれなりの富貴を有する教団なら――。『指示通りアルファベット順に整理した』というブラザー・トウィアンのことばをおぼえていたローダンは、たやすく目的のものを発見できたのだった。
処置をうけたクレオのヴァイタル値はみるみる正常にもどり、船医のプロフォス人が歓声をあげてローダンに抱きついた。
自身が娘をもつ父であるローダンは功を誇る気はなかったが、クレオを可愛がっていた乗員たちのあいだでテラナーの株はうなぎ登りだった。借金帳消しの件よりも(笑)
修理と補給が終わり、ニンバスを出発する前夜。
クレオはローダンに礼がしたくて、トーラの情報をさがしたという。あなたはわたしを幸せにしてくれた。御礼にあなたを幸せにしてあげたかったのに。でもうまくいかなかったと、少女はしょんぼりした。
ローダンはかぶりをふって、
「きみが健康になってくれたこと。きみのお父さんが笑えること。みなが笑えることが、わたしを幸せにしてくれたのだよ。そして、一週間ちょっと前に長い眠りからめざめたばかりのわたしに、いまはこんなにたくさんの友だちがいる」
感激したクレオはローダンの頬にキスをして、「トーラはみつかるわ。だって、あなたはペリー・ローダンなんですもの!」
その夜は、ドリオンでめざめて以来はじめて、ローダンは悪夢を見なかった。
修理を終えてまっさらになった《エウポリオン》。しかし、それでも無風ゾーンを越える旅は不可能だろう。
したがって、テラナーの目標は、やはりアルゴル系第2惑星ルマルだった。かつての初期植民惑星のひとつであり、太陽系ユニオンの構成星系でもあった。ソルからの距離――かつては――93光年。
ところが、アルゴルをめざす《エウポリオン》に接近する影があった。5隻の船には認識票もなく、しかし、確実に貨物船をめざしていた。
ナウマンが苦々しげに、「海賊だ!」
Das Ende
……ということで。
パラゴン教団はもっと確信にせまるものかと思ったけど、普通に宇宙友愛教会だったなあ(笑)
しかし、最近の正篇もそうなんだけど、ローダン推しがすごくてwww
いやまあ、おもしろいからいいんだけど。デュマレストかラノベの主人公かって活躍だよね。
以降、
341巻『時の中うしなわれ』
342巻『転送機の森』
343巻『目標惑星エプサル』
と続巻予定。うーん少なくとも中盤まではソルにはたどりつけないだろうしな……。
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