SF短編集『分子音楽』 (Wurdack社)

ドイツSF, 書籍・雑誌

手持ちの本を、ちまちま紹介していこうというこの企画2回目は、前回とおなじくWurdack社の短編集 Molekularmusik である。『エモシオ』の2年前にあたる2009年の刊行。
実は2冊のあいだに『オーディエンス』があるのだが、こいつは未入手なので。

この本も、過去取りあげたドイツのSF関連三賞のノミネート作、受賞作を輩出している。内容解説も、そのへんを主に抽出してみた。

表題:Molekularmusik / 分子音楽
出版:Wurdack-Verlag, 2009
判型:四六判、226p
編集:Armin Rößler & Heidrun Jänchen

収録作品(掲載順):
V. Groß / Molekularmusik / 分子音楽
Niklas Peinecke / Klick, klick, Kaleidoskop / 万華鏡かしゃり 【KLP6、DSFP2】
Birgit Erwin / Diskriminierung / 差別
Frank Hebben / Machina / マキナ
Heidrun Jänchen / Wie ein Fisch im Wasser / 水の中、魚のように
Uwe Post / Vactor Memesis / ヴァクター・メメシス 【KLP5】
Benedict Marko / Wie man sich ändern kann / 人はいかに変われるか 【KLP10】
Ernst-Eberhard Manski / Das Klassentreffen der Weserwinzer / ヴェーゼルヴァイン農家の同窓会 【KLP1、DSFP6】
Antje Ippensen / Knapp / 刹那
Uwe Hermann / Robter vergessen nie! / ロボットは忘れない!
Arno Endler / Ebene Terminus / 最終面
Kai Riedemann / Lasset die Kinder zu mir kommen / 子どもたちはお任せください
Karina Čajo / Der Klang der Stille / 静寂の音色 【DPP1、KLP3】
Bernhard Schneider / Schuldfrage / 責任問題
Christian Weis / Eiskalt / 氷のように冷たく
Bernd Wichmann / Rückkehr ins Meer / 海へ還る
Arnold H. Bucher / Den Letzten frisst der Schredder / ポンコツは破砕機に喰われる
Andrea Tillmanns / Der blinde Passagier / 密航者
Armin Rößler / Die Fänger / 狩猟者たち 【DPP5、DSFP7】

DPP:ドイツ・ファンタスティーク大賞
DSFP:ドイツSF大賞
KLP:クルト・ラスヴィッツ賞
数字は最終選考における席次

V・グロース 「分子音楽」

開幕にあたる表題作は、もと異星生物学者ミュラーによる、美しくも悲しい告白である。
東部保安星域を経めぐっていた異星生物学者ミュラーは、本来の予定にはない、惑星リマIIを訪れた。見知らぬ生命体との遭遇を予期していたミュラーは、思いもかけないことに人類と――孤高の音楽家オスカー・ベーレンバウフに出会う。気密ドームに暮らす音楽家にして科学者は、奇妙な音楽を創造していた。「分子音楽」を。
ベーレンバウフのピアノが奏でる奇怪な音色に合わせて、ドーム内を漂う分子がその姿を変える――そこには、世界が創造されていた。コバルトブルーの平原、炎のような草がなびき、畏怖を呼び起こす石像の群れ、森には太陽の光が踊り――。その美に魅せられたミュラーの胸中に、ある願望が浮かんだ。それが、かれの望む美を永遠にうしなわせることに気づかぬままに……。

ニコラス・ペイネッケ 「万華鏡かしゃり」

2010年度ドイツSF大賞中短編部門で次席を獲得した、ペイネッケの作品。
リックス・ヤンネンはベッドで目をさました。なぜだろう、わたしは追われている気がする。隣りで寝ている、一夜をともにした女性――ルースという名だ――を揺り起こして、早くここから逃げなければ、と告げる。わたしは、とある世界的な市民運動のメンバーで、スパロウホーク社の人体実験――大脳インプラントで人格を変え、行動を支配する――を暴こうとしたため、追われる身である、と。彼女はしばし思案して、ともに行こうと言ってくれた。シビックに乗って、わたしたちは逃走をはじめた。
かしゃり――と、頭のなかで万華鏡の揺れる音がした。そう、そうだ、ルースには言っておかなくては。あれはスパロウホーク社が開発したものではない。あんなものを、いまの人類につくれるはずがないではないか? UFOがもたらしたテクノロジーなのだ。あきれるルースを説得しようとしたとき、サイドミラーに映った車には灰色のフードをかぶった男の姿が……追っ手だ!
かしゃり――ところで、きみは誰だったか? わたしたちは何をしている? 政府のプロジェクトだかなんだかで、脳にインプラントを埋め込まれて行動制御がどーたら言ってたのはあなたじゃない。証拠? あなたよ、あなた! もう、こうなったら、医者よ、医者でそのインプラントを除去してもらうのよ!
そして、駆け込んだ医者のもとで、ついにふたりは追っ手――灰色のフードをかぶった男に追いつかれるのだが……。

物語は大まじめに進行していくのだが、正直、ルースさんの忍耐心と適応力には拍手w

ウーヴェ・ポスト 「ヴァクター・メメシス」

翌年刊行の長編『ヴァルパー・トンラッフィルと神の人差し指』でラスヴィッツ賞を獲得したポストの作品。この短編もラスヴィッツ賞にノミネートされた。
ジェームスマーは、『木星の悪魔のナメクジ』で一世を風靡した、チャイネシア最高の映画監督とされる。だが、いまの彼は絶望していた。ヴァクター(ヴァーチャル・アクター、思考するMMDモデルみたいなもんかw)たちが一斉にストライキをはじめたのだ。いまいましいアメリカ製のウィルスめ! おりしも、大書記長の半生を描くフィルムの進捗状況を確認に、党委員会からワンデンの2人が訪れて……。

dinfo等で上記長編の紹介を見たことがあれば想像できるかもしれないが、コミカルとゆーか、ハチャメチャである。主人公が相談におもむくと、パソコンに詳しい息子はキャプテン・フューチャーのコスプレといういでたちで、いきなり、「ふむ。銀河を救ってほしいのかな?」「いや、撮影を救ってくれるだけでいいです……」てな具合。
表題のメメシスは、ネメシスの誤植ではなく(笑)、ミームとかけてあるようだ。

ベネディクト・マルコ 「人はいかに変われるか」

えーと、昨年の夏だっけ? マガンのもとへメールを送ってきて、来日ついでに日本SF大会に顔を出したマルコの作品(笑)
保険会社のお客様相談センターに、1本の電話がはいる。ひとりの男が受話器をとると、「誕生日おめでとう。いや、独立記念日おめでとう、かな? きょうがその日だ。きみの待ち焦がれていた、自由になる日だ」
いぶかる男に、ボイスチェンジャーを使ったと思われる機械的音声はつづける。送った書類を見てみたまえ。18歳で死亡した少女の経歴……家族には「しわくちゃ子ネズミちゃん」と呼ばれ、半年間のフランスとの交換留学を経験し、プリクラが1000枚以上あり、フライドポテトとセーラームーンが好きで……。書類の末尾には、最初の保険鑑定人が謎の失踪をとげたことが備考として記されていた。フレダー・ダスト。かつての彼の親友の名前が。
職場を抜け出し、声――デウス・エクス・マキナ――との待ち合わせ場所に急ぐ男を追う謎の影。フレダーはなぜ消えた? レアは――男の最愛の恋人は、なぜ消えた? 人格をわずか7項目で機械に保存できるというのはほんとうか? 誰が……誰が、いったいそんなことを?
いくつものポイントを経て、たどりついた森で、男は機械仕掛けの神と、かつての親友に対面するのだが……。

えーと、ごめんなさい。正直、難解でよくわかんなかった(笑) ので、無駄に説明が長くなって2倍ごめん。冒頭で、トラックの運ちゃんがヒッチハイクを拾う場面とか、どこにつながるのかさっぱりだし。読解力足りなくってすんません……orz

エルンスト=エーベルハルト・マンスキ 「ヴェーゼルヴァイン農家の同窓会」

2010年度クルト・ラスヴィッツ賞、中短編部門で大賞に輝いたマンスキの作品。
いわゆるオルタネート物で、この世界では第二次世界大戦が1943年に終結し、ブダペスト会議の結果、ドイツは19世紀初頭の小国家乱立状態に戻されている。数十年が経過したいま、欧州連合に加盟したドイツ同盟の圧迫が、小国、東ヴェストファーレンにも及ぼうとしていた。
ハイケはバスケットの朝練に学校へ向かう途中、ぱったり祖父に出会った。おじいちゃん、こんな早くにどこいくの? うむ、ちょっと駅まで……職業訓練校時代の同窓会でな。ふーん、クラス会かあ。うむうむ、ポストに入っていた郵便物は配っておいたからな。了解、いてらー。
帰宅すると、内務省勤務の母が青い顔をしている。ハイケ、あなた、おじいちゃんを見なかった? おばあちゃんが来るのよ! 離婚した祖母は、ドイツ同盟で外交関連の仕事についていた。昨今の政情からして、だいぶヤバ目――というか、そもそも夫と幼い息子を捨ててから、とんと戻ってきたためしのない祖母が、である。えーと、おじいちゃんなら、今朝、同窓会にいくって……おじいちゃん、さては逃げた!?

……おじいちゃんはワイン用ぶどうを栽培している農家である。そして、本作中、同窓会の場面はいっさい登場しない。おばあちゃんが帰国するまでおじいちゃんも戻ってこない(笑) 実は「同窓会」という言葉に夫婦間の過去にまつわるとある事情があって、おじいちゃんは大国の圧力にたちむかう必殺仕事人なのだ(だいぶ語弊のある表現)。いや、殺しはしないと思うけど。たぶんきっと。

カリーナ・カオ 「静寂の音色」

2010年ドイツ・ファンタスティーク大賞短編部門を受賞、ラスヴィッツ賞でも第3席を獲得した作品。

およそ1世紀前に地球にあらわれた異星人たち――その外観から「ゴールデン」あるいは「輝きはなつ者」、身体を震動させて音波を出す会話方法から「シンガー」とも呼ばれる――は、さまざまなテクノロジーを提供して、科学技術の飛躍的な発見をうながし、また飢餓を世界から追放した。だが、本来無性である彼らが、学術的探求心からか、人間と交わり子を成したことは、後世にわたりずっと忌み嫌われてきた。
セト・ホクワンは、いわゆるゴールデンチャイルド、ゴールデンを父に、人間を母に持つ。だが、彼は言葉を発することができなかった。歌えない、シンガーの息子。お笑い種だ。あちこちと彷徨い、検問にひっかかったりするたびに、手話でなんとかそのことを伝えようとするが、警官たちにすら信じてもらえないありさまだ。
見知らぬ町にたどりついたセトは、とうに廃棄された地下鉄に迷い込み、そこでゴールデンチャイルドの人権をもとめる地下組織に邂逅するが……。

アーノルト・H・ブーヒャー 「ポンコツは破砕機に喰われる」

ロボット工場で働く433-285-911-3は、ある疑問にとらわれていた。なんで俺は、自分をスクラップにする――居場所を奪い、破砕機へと追いやるだろう新世代のロボットなんかつくらなきゃならんのか……。無線でグチられる相方は421-829-546-7。421型なので、433-285-911-3より少しだけ旧式である。いまコンベアに並んでいるのは613型なのだが、433-285-911-3のメモリ内では、依然、自分が現行機種なのだ。実際は、ほぼ全自動のこの工場くらいしか働き場すらないのに。
俺はおまえさんとちがって現行機種だから、いろいろ考えるんだよ。疑問を抱く能力があるんだ。……いや、別にぼくらより性能は劣る人間だって、疑問は抱くだろ。ええい、やかましいやつだな。俺は哲学想念を追っているんだ。魂とはなんぞや? おーい、考えごともいいけど、仕事しごとー……って、アッーw

――と、いう作品である。ロボットを人間に置き換えてみると、しごくドイツ的・哲学的な内容に見えるわけで。まあそのへん関係なく、すごく短いけど、なんだか好きだ(笑)

アルミン・レースラー 「狩猟者たち」

ある夏の日に、妹を奪われた。惑星コモンにあらわれた、見たこともない宇宙船は400名の人間をさらっていった。あの日、ヨルド・ヴィンセンツは誓ったのだ。ヨラ――妹を、いつか必ず取りもどすことを。

見知らぬ場所で目ざめたヴィンセンツは、過去をふりかえる。長じて戦闘機パイロットとなり、コモンも属す連邦世界のためにチグリ同盟と戦った。そして、ツルメオン星系での戦闘の際、宙域に突然出現した船を発見した。偶然か、それとも運命か。あの、妹をさらった「狩猟者」の船を。即座にヴィンセンツは機首をその船へむけた。脱走と思われたか、味方の艦船からも砲火を浴びたが、なんとか回避した。そして、あの船に肉薄し――奇妙なことになんの反応もないままに、外壁に係留することができた。しかし、そこで奇妙な雲につつまれた存在に遭遇し……以降の記憶は、闇に包まれている。
目の前にあらわれた少女は多くは語らなかったが、ヴィンセンツには自分がどこにいるのかがわかった。狩猟者の船! 少女のように見えるが、彼女もその実体は、あの雲につつまれた存在なのだ。だが、語りかける少女と、無慈悲な狩猟者とが頭の中でうまくつながらない。少女は言う。わたしたちはあなたたちの人生の物語を聞きたいだけ――長い永い旅路には、気分転換が必要なの。話終えたあとも、役に立つようならこの船で働いてもらうこともあるし――そう、あなたは妹さんのためにここまでやってきたのね。まったく驚きだわ。ええ、驚いたわ……。

狩猟者の船で、ヴィンセンツはひとつの仕事を与えられる。冷凍睡眠キャビネットの保守……最初、ヴィンセンツ自身も眠っていた、あの装置の機能確認作業である。ひょっとしたら、ヨラがいるのではないか……ほとんど一縷の望みにかけて、ヴィンセンツはその作業をひきうけた。日々が過ぎ去り、幾百、幾千ものキャビネットを確認し、当然のごとく妹はみつからない。やがてヴィンセンツの脳裏で、いまはいつなのか、という疑惑がじわじわと大きくなっていく。連邦世界は、コモンはまだ存在するのか? もしヨラを見出したとして、彼らは故郷へ帰ることが、はたして可能なのか?
そして、ヴィンセンツの足が、ひとつのキャビネットの前で止まる……。

Wurdack の短編集はもう1冊手元にある(Lotus-Effekt)のだが、ここらへんで矛先を変えて(笑) Shayol の Visionen シリーズも取りあげてみたい昨今であるw こっちもおもしろいぞっと。

Posted by psytoh