続^3 850話・脳髄☆ねっとわぁく

ハヤカワ版, 誤訳

またまた(まだまだ)850話『バルディオク』の翻訳について。
今回のテーマは、前回書いたとおり「脳」。
というより、4章にて登場する脳髄ネットワーク構造の話である。

さて、とりあえず以下の画像をごろうじろ。
PR0850tibi
© Pabel-Moewig Verlag GmbH, Rastatt

850話『バルディオク』の表紙イラストである。ホラ、BARDIOC。
ご確認いただいたら、次へ進もう。

ローダン・ヘフトをン十年も描きつづけた故ジョニー・ブルックは、あからさまな手抜き絵(内容と無縁な絵、コラージュっぽい流用絵)も散見されるが、多くは本文の描写を忠実に再現している。今回、遠景に「城」が描かれているあたり、「宇宙の城」を連想させるご愛嬌……かもしれない。

(1) 消えたストラクチャー

いきなり、今回最悪の誤訳(?)である。

■175p

ハヤカワ版:
 しかし、植物におおわれた地上のほうが、はるかに幻想的であった。球体の着陸した台地から平地にかけて、奇妙な森がつづいている。森林と藪はありとあらゆるところで成長し、見わたすかぎりグリーン一色におおわれていた。
原文:
Aber noch viel phantastischer war das bewachsene Land. Von dem Plateau, auf dem die Sphäre zur Landung ansetzte, erstreckte sich ein merkwürdiger Wald bis weit in die Ferne. Die Bäume und Büsche, die dort dicht nebeneinander wuchsen,wurden von einer Struktur überwuchert, die fast überall zu sein schien und die Perry Rhodan an irgend etwas erinnerte.

試訳:
 しかし、植物におおわれた地上のほうが、はるかに幻想的であった。球体が着陸しようとしている台地から、奇妙な森がはるか彼方までひろがっている。みっしり生い茂る樹木と下生えは、いたるところで、ペリー・ローダンに何かを思い出させる構造体におおわれていた。

はい、バルディオクのネット構造の記念すべき初登場、すっぱりカットぉ。
……って、うぉいぃいいいっ!!
だから! 無分別に! 原文を削除するなってば!
しかもグリーン一色ってなんやねん。あ、関係ないけど着陸すんの9行後だからっ。

翻訳をまちがえることは、誰しもあるだろう。それは、いい。下訳を読みかえして、つじつまの合わない箇所に「?」と疑問をいだき、正解をたぐりよせればいい。だが、消してしまったら、もうどうしようもなかろうに。しかも上書きつき。

そして、この後始末が、またひどい。

(2) ローダン、白昼夢を見る

どうやってごまかしたかとゆーと――

■176p

ハヤカワ版:
 すると、脳裏に異質なヴィジョンが浮かんだ。
 奇妙な構造物だ。植物すべてをおおうネットだろうか? それがはてしなく蛇行し、分岐している。
 これがバルディオクのコミュニケーション・システムなのか?
原文:
Rhodan sah noch immer das fremdeartige Bild vor seinem geistigen Auge.
Was war das für eine seltsame Struktur, die sich wie ein Netz über fast alle Pflanzen erstreckte? Ein Netz schier endloser Windungen und Verästelungen.
Handelte es sich vielleicht um ein Kommunikationssystem BARDIOCs?

試訳:
 ローダンの脳裏から、いまもあの異様な光景が消えなかった。
 ネットのようにあらゆる植物をおおうあの奇妙な構造体はなんだ? ほとんど無限に曲がりくねり、枝分かれした網は?
 あるいは、あれがバルディオクのコミュニケーション・システムなのか?

いきなり脳内にヴィジョンが送り込まれてきた!……ことにしたぞハヤカワ版!(爆)
見てるよ、それさっき実物見てるー!
そりゃさっきの場面では「構造体」としか、ろくに説明してなかったけどー。

ココロの目の前には、いまなおさっき(定冠詞なので)の映像が、である。私的「einとderの法則」にしたがっても、定冠詞のついたこの映像は以前に登場しているはず(笑)なのだ。
したがって、ここでは「少し前に見たあの場面を思い出してる」だけである。なのに、その「少し前に見たはずの場面」を削除した(あげく、それがどこだかも忘れた)から、ローダンがいきなりありもしない白日夢を見たことになってしまう。

原書だと、おなじ見開きにある文章なんだけどねぇ……。

(3) 動物のことも忘れないで

■177p/178p

ハヤカワ版:
 台地に降りたち、振り返ると、球体は見えない。甘ったるい匂いが鼻をつく。数歩はなれた藪のあいだに、アンテロープに似た動物が立ち、こちらを油断なく見つめていた。
 あたりに目をやると、頭上がネット状構造物におおわれているのがわかる。これはどこまでも、果てしなく伸びているのだろうか?
 動物に視線をもどし、近づこうとした。そのとたん、相手はくるりと半回転して、急斜面を駆けおりると、やがて林のなかに消える。
原文:
Das Plateau fiel nach der Seite, die Rhodan on der Sphäre aus nicht hatte sehen können, steil ab. Süßlicher Duft stieg Rhodan in die Nase. Ein antilopenähnliches Tier stand ein paar Schritte von dem Terraner entfernt zwischen niedrigen Büschen und äugte mißtrauisch zu ihm herüber.
Rhodan beobachtete es. Täuschte er sich oder trug es auf seinem Rücken ein Stück jener netzartigen Struktur, die sich fast überall ausgebreitet hatte?
Rhodan machte einen Schritt auf die Kreatur zu, doch sie warf sich herum und floh den Steilhang hinab, wo sie wenig später zwischen den Bäumen verschwand.

試訳:
 台地は球体からでは見えなかった側が、切りたった急斜面になっていた。甘い匂いが鼻をつく。数歩はなれた潅木の茂みから、アンテロープに似た獣がテラナーを警戒するように見上げていた。
 ローダンは動物を観察した。見まちがいでなければ、あたり一面にひろがっている、あのネット構造をしたものの一片が、背中についている。
 一歩近づいたとたん、獣はさっと向きをかえると急斜面を駆けおりて、またたくうちに樹木のあいだに消えてしまった。

ローダンが観察している代名詞 es = Tier (中性名詞)。この点を理解しないから、「全動植物相と共生する」(179p)の動物側の具体例が登場しないという珍妙なことになる。「あたりに目をやり」「視線をもどし」と、2回も原文にない動作描写を創作している余裕があるなら、少しは変だと思ってもらえないものかね?

そして、「頭上がネット構造におおわれている」という部分。
空に何かがあるのは、テルムの女帝の惑星ドラクリオホである。クリスタル構造のコンピュータが、球殻のように惑星を包んでいた。
バルディオクの惑星では、ネット構造の生体細胞(脳)が“地上を”を覆っているのである。

……と、ここで冒頭の表紙イラストを思い出していただきたい。
鹿アンテロープの「背中に」「ネット状構造体」――まさにこの場面である。ジョニーの表紙絵を「これどんな場面かなあ?」と、読者として当然の興味をもって眺め、それから本文にとりかかるならば、こんな誤訳はそもそもあり得ないと思うんだけど……表紙やイラストなんか見てない? ひょっとして。

なんというか、「ドロドロの脳髄(超人のなれのはて)に覆われた惑星」……というこのイメージ。
これがちゃんと伝わっていたら、たとえば426巻の工藤さんの表紙イラストも、まるでちがってたんじゃないかと思うと、ちと残念。えらいリアルな惑星バルディオクの情景を描いていただけたかもしれないのに……。

摘出されたまんまのキレイな脳は、強者バルディオクの脳かもしれないが、超知性体バルディオクの脳は、そうじゃないのだ。

■182p

ハヤカワ版:
 なんとか小川にたどりつき、両手を水につっこんで、思わずからだを震わせる。見たところ、飲んでも問題なさそうだ。あたりを眺めまわすと、反対側の岸には、バルディオクの“枝”が繁茂して、水生植物をおおっている。魚の群れがあらわれたが、その外見が“脳”に似ていても、もう驚かない。
原文:
Schließlich erreichte er den Bach und tauchte beide Hände hinein. Als er den Kopf über das Ufer beugte, erschauerte er bei dem Anblick, den ihm das klare Wasser bot. Von der anderen Seite des Bachs wucherten Ausläufer BARDIOCS bis auf den Grund ihnab, wo sie die Wasserpflanzen überzogen. Rhodan hätte sich nicht gewundert, wenn Fische aufgetaucht wären, die ebenfalls kleine Klumpen der gehirnähnlichen Struktur auf ihren Köper trugen.

試訳:
 ようやく小川にたどりつき、両手を水にひたした。岸から身を乗りだすと、透明度の高い水底にあらわれた眺めにぞっとする。小川の向こう岸から伸びたバルディオクの匐枝が水草をおおっていたのだ。ここに、脳に似たこぶをもつ魚の群れがあらわれたとしても、もうローダンは驚くまい。

外見が脳に似た魚……それどこの水棲アリシア人だよwww
せめて接続法II式であることがわかっていれば、もうちょい傷は浅かったのだが……あらわれちゃったもんなあ、もうすでにorz

鹿のとこでもちゃんと訳せなかったものが、魚なら訳せるはずもないのだけど。“共生”のしくみ、理解できてる? >中のヒト
テルムの女帝のクリスタル球殻を脳細胞に置き換えただけとか…思ってないよね?
もっとも、魚には、思いもよらぬ形状のやつもいたりするから、案外実在するかもしれないけどねえ >脳魚
#あ、金魚かもね(笑)

(4) バルディオク≠バルディオク

以下は、おまけ的に。

■178p

ハヤカワ版:
 そこで、あらたな動きがあった。
 ネット状構造物のあちこちで、大きな根茎状の隆起が生じたのである。宙航士たちは注意深くその大きな塊りを持ちあげ、コンテナに運んでいく。
原文:
Dort begannen sie zu arbeiten.
An verschiedenen Stellen der netzartigen Struktur waren große knollenförmige Auswüchse entstanden. Die Raumfahrer begannen damit, sie vorsichtig von der übrigen Masse zu lösen und in mitgeführte Behälter zu legen.

試訳:
 そこで作業がはじまった。
 ネット状構造体の各所に、大きな根茎状の突起が育っていた。宙航士たちはそれを注意深く大元の塊から切りはなし、携行した容器におさめていく。

まさに 茶摘 である。まあ摘んでるのは、空飛ぶ黒毛皮なわけだが……。
小陛下の“芽”だが、過去完了形なので、「生じて、いた」。別に、ローダンが見守る目の前で、にょきにょきと元気よく成長したわけでもなんでもない。
あと、コンテナは携行(mitgeführt)しないと思うんだ……。

■179p

ハヤカワ版:
 同時に、このすべてをおおう密な組織の正体もわかった。
 何度も否定しようとしたが、そのたびに事実だと思いしらされる。
原文:
Nun wußte er auch, woran ihn dieses Struktur erinnerte, die alles wie ein wucherndes Gewebe bedeckte.
Er hatte die Wahrheit die ganze Zeit über geahnt, sie aber immer wieder verdrängt.

試訳:
 また、すべてを生い茂る組織のようにおおうこの構造が、何を連想させるのかもわかった。
 ずっと真相を察知していながら、そのたびに押さえ込んでいたのだった。

この部分は、最初に抹消された「何かを思い出させる」を受ける部分である。
当然、正しい訳にはならない……が、まあ、うまくごまかせた部類だ。

ハヤカワ版:
 一惑星の全動植物相と共生する、惑星規模の脳あるいは脳に似た有機体……それがバルディオクなのだ。
 ブルロクから示唆は得ていたが、ありえないと思っていた!
原文:
Ein grobal Gehirn oder ein gehirnähnlicher monströser Organismus, der die gesamte Fauna und Flora dieses Planeten zu einer gigantischen Symbiose vereinigt hatte – das war BARDIOC.
Das war nicht der Bardioc aus BULLOCS Erzählung, das konnte er nicht sein!

試訳:
 全動植物相を巨大な共生体として統合した、惑星規模の脳、あるいは脳に似た有機体――それがバルディオクなのだ。
 こんなものは、ブルロクの物語に出てきたバルディオクではない、ありえない!

174pでも、「人類がこれまで戦ってきた超知性体と、話に出てくるバルディオクって、なんかちがう」と、ローダンは考えている。まあ、強者バルディオクはヒューマノイドだし、この脳みそでろーんと、うまく結びつかないのもやむを得ない。
ただ、ナウパウムの話とかも挿入して、そのバルディオクが「脳だけの存在」になることは、くりかえし暗示されているのだけど。

そういえば、851話にあった、

  Bardioc war BARDIOC geworden.

……だったかな(原書が発掘できてないのでうろおぼえ)、「バルディオクはバルディオクになったのだ。」な文章は、「超越知性体になったのだ。」と超シンプルに訳されていた。

(5) バルディオク≒テルムの女帝

■184p

ハヤカワ版:
 とはいえ、あらゆる超越知性体がすべて、このような方法で進化したとは思えない。すくなくとも、“それ”は例外だ。結局のところ、自分はバルディオクと女帝の例しか知らないわけである。
 その背景には、超越知性体同士の対立がかくされているのか……?
原文:
Rhodan durfte nicht annehmen, daß dieser Entwicklungsprozeß für alle Superintelligenzen charakteristisch war (zumindest ES bildete darin eine Ausnahme), aber nach allem, was Rhodan von BARDIOC und der Kaiserin von Therm wußte, waren sie sich in vielen Dingen ähnlich.
Lag darin der Grund für den Konflikt der Superintelligenzen voerborgen?

試訳:
 すべての超知性体が、こうした発展プロセスで特徴づけられると思ってはなるまい(少なくとも“それ”は例外だ)。だが、ローダンが知るかぎりにおいて、バルディオクとテルムの女帝は、多くの点で似通っている。
 二体の超知性体間の紛争の原因は、そのあたりにかくされているのではないか?

似ているから喧嘩する、とローダンは考えたわけだ。
対立しているから、しだいに似通ってくることがないとはいわないが、この場合は逆なのである。要するに、どちらも無条件に領域を拡張しつづけるシステムと化しているから、激突は必至かつ不可避ではあったのだ。

しかし、この、「似ているから」という点が、最後の解決策を導くわけだから、大宇宙よのなかわかんないよねえ(笑)

……。
『バルディオク/宇宙の悪夢』は脳みその物語である。
テルムの女帝という、コンピュータが超知になったような敵と、まさに対蹠的に生身の脳が超知性体に成り上がる、というか、寝ているうちに成り上がってしまう話なのだ。
それなのに、嗚呼それなのに……というのが、今回のすべてである。
まあ、エピローグのあれと、今回のこれに文句つけられれば、後はもう小物ばかりと言ってもいいくらいだし。もういいや。

それにつけても、誤訳どころか、翻訳すらしてねえなあ……orz
「ローダン愛」なんかないのは、わかってるけど。
でも、ローダンだってSFでしょ? SF文庫なんだし。
SF訳すのに、わざわざSF的なギミックを殺す方針とは、おそれいったぜ。

Posted by psytoh