続々850話・影を投げかける誤訳

ハヤカワ版, 誤訳

werfen Schatten voraus…..って、1250話あたりで巻末記事のタイトルで頻出してたなあ。
ぶっちゃけ「将来に影を落とす」くらいの意訳が正解なんだろうけど。
850話『バルディオク』関連、3回目である。
今回は、1章を中心に、「後に影響を及ぼす誤訳」をテーマとしたい。まあ、それ以外のも混じっちゃうけど。

個人的に、なんでこの原文が……という誤訳はもっと大量にあるけれど、気づいたらもう、1章、10章、エピローグと、2割前後訳してしまって、それでも全然先に進まない。テーマは「脳」の次回くらいまでは、さっさと紹介してしまわないとケリがつかないしー。

(1) ひらけてない視界と物質化マテリアライズ

■141p

ハヤカワ版:
 視界が開けた。ライレの姿がある。隻眼のロボットの“からだ”を構成する鋼はやわらかい。不可触の台座のそばにかがみ、すばやく顔に手をやると、空洞になった一方の眼窩を指でたどっている……“肉体”が不完全であることを、恥じるように。
 バルディオクが実体化したのは、青い水蒸気の雲につつまれた平原であった。孤独なロボットが数歩はなれてしゃがみこんでいるのが見える。バルディオクが立案した、不条理で実行不可能な計画が、すべて実現したのだ。
 水蒸気が完全に気化し、さらに視界が開ける。すると、ライレの暗色の外被に光沢がよみがえり、一瞬、新品にもどったような輝きをはなった。
原文:
  Der Anblick war vertraut: Laire war da, der einäugige Roboter mit seinem Körper aus weichem Stahl. Er kauerte neben dem Sockel der Unberührbarkeit und hielt die Hand mit den viel zu kurzen und ausgeblühten Fingern vor die Höhle mit dem Zerstörten Auge darin, als schäme er sich seiner körperlichen Unvollkommenheit.
  Bardioc, der in einer Wolke aus blauem Wasserdampf in der Ebene materialisierte, sah die einsame Gestalt des Roboters ein paar Schritte von sich entfernt dahocken, und mit einemmal erschien ihm alles, was er in letzter Zeit geplant hatte, absurd und undurchführbar.
  Bevor der Wasserdampf sich völlig verflüchtigte, schlug sich ein bißchen davon auf Laires dunkler Außenhülle nieder und verlieh ihr den vorübergehenden Anschein glänzender Neuheit.

試訳:
 見なれた光景だ。ライレがいる。やわらかい金属製のボディをもつ隻眼のロボット。“不可触の台座”のそばにしゃがみこみ、寸づまりの、焼きなまされたような指をした手を、破壊された“眼”のあった、うつろな左眼窩にあてがっている。身体が不完全なことを恥じるかのように。
 青い蒸気につつまれて“平面”に物質化したバルディオクは、うずくまるロボットの孤独な姿を、数歩の距離からみつめた。急に、長いこと練ってきたプランのすべてが、ばかげていて、実行不可能に思われた。
 気化しきる前の蒸気がほんのわずか、ライレの暗色の外被をしめらせ、つかのま新品のような光沢をあたえた。

冒頭の一文からまちがっている、と書いた部分。正確には、「見なれた光景だ:」とあって、コロン以降がその光景の説明。但し、こわれた“目”が左なのは、ここでは述べられていない、先読み情報からとなる。まあどこかでライレのイラストを見ればわかる話だ。
指の修飾である「短すぎる」 zu kurz を、「すばやく」と副詞みたいに訳しているせいで、ライレがバルディオクの出現に反応したように読めてしまう。後述のとおり、座ったまんまが常態である。

で、問題は次の「青い水蒸気につつまれた平原」。
本来バルディオクを修飾している部分を、die Ebene の修飾と考えたせいで、「平原」という訳語の因ともなり、平原をおおう水蒸気が気化して「視界が開ける」という、本来この段落にない表現を生んだ。諸悪の根源である。
おそらく、最初の一文がうまく訳せなかったところに、水蒸気の誤訳から生まれた「視界が~」を入れ込めばいいや、と考えたのではなかろうか。

この「水蒸気」だが、物質化 Materialisation の付随現象で、ケモアウクが金色のオーラ、アリオルクが黒雲、ムルコンが光のカスケード……とそれぞれ特徴がある。どれも、物質化からまもなく消滅するのだが、ハヤカワ版ではそのへんがご理解いただけてない。

■147p

ハヤカワ版:
 雲はすばやく移動し、アリオルクはライレに近づいた。
原文:
  Die Wolke fiel schnell in sich zusammen, während Ariolc zu Laire ging, um sich zu identifizieren.

試訳:
 アリオルクがライレのもとへ認証にむかうと、雲はたちどころに収縮して消えうせた。

まあ、雲から「滑るように歩み出た」 glitt aus … を「“降臨”した」とか訳してる時点で、ギミックを理解しようという努力自体、感じられないのだけど。

以下はおまけ的扱いだが、

  • バルディオクの計画が実行されるのは、これから(仮定法)。
  • 「視界が開けた」だけでライレが新品に見えたら、それは目医者にいった方がよかろう。

(2) “平面”拾遺

■147p

ハヤカワ版:
 大宇宙からくる、恒星凝集体の圧力を感じる。その重力フィールドが平原に襲いかかり、かつて名も知れぬ存在が権力を築いた場所を、虚無にひきよせようとした。
原文:
  Bardioc fühlte den Druck der unvollkommenen Sonnen draußen im Weltraum, ihre Gravitationsfelder umtosten die Ebene und zerrten an ihr, doch sie hing unverrückter im Nichts, dort, wo sie einst von einer Macht errichtet worden war, von der Bardioc nicht einmal den Namen kannte.

試訳:
 バルディオクは、外の宇宙空間、生まれかけの恒星団のもたらす圧力を感じた。その重力場は“平面”の周囲で猛り狂い、引きずり寄せんとする。だが“平面”は不動そのもので、バルディオクのいまだ名も知らぬ勢力によって設置された、虚空のただなかにとどまっていた。

ここが、「最初の時点でちゃんと書いてある(訳せてないけど)」という、“平面”の所在が述べられた箇所である。
「それら(恒星)の重力場が“平面”をとりまくように荒れ狂い、それら(恒星)の方へひっぱろうとする。しかしそれ(“平面”)は虚空にひっかかって動かない。そこ(虚空)は、それ(“平面”)が、ある勢力によって設置されたところである。それ(勢力)について、バルディオクは名前さえ知らない。」が直訳。

女性単数の sie と、複数の ihr が入り乱れているが、読解はそれほど難しくないはずだ。
ハヤカワ版は、そのへんをごっちゃにしていて、「ひきよせようとした」のはいいが、方向が変だし、結果はどうだったのか訳せていない(笑) まあ、結論の部分を一部別の文章へ編入しちゃったので、やりようがないのだが。すでにこの時点で、訳者の脳内では「平原」=惑星上の場所(不動)という属性がインプットされてしまったようだ。

ところで、先読み等であらすじを知っていた読者の方は、今回おや?と思ったかもしれないが、バルディオクたちは、自分たちが仕えている存在が「秩序の勢力」「コスモクラート」と自称していることさえ知らないのだ。
#基本、このあたりの先読み情報では「物質の泉の彼岸の勢力」とだけ表現されている……はずだよなあw

■142p

ハヤカワ版:
 そして……平原は恒星凝集体の放射、重力嵐、熱の洪水により、一日ごとに崩壊が進み、腐食していった。それでも、ライレはずっとここにとどまっている。片目を失ったロボットは孤独で、沈黙したまま、破滅の光景をじっと見つめつづけた。
 この“滅亡”に、おのれの出自の秘密を反映させているのだ。
原文:
  Und doch würde die Ebene eines Tages zerfallen, zernagt und zermürbt von den Gewalt der nahen Sonnen, von ihren Strahlenschauern, ihren Gravitationsstürmen und ihren Hitzefluten.
  Laire würde dann immer noch hier sein, zum robotischen Krüppel verstümmelt, einsam und schweigend, das eine Auge auf das Bild der Zerstörung gerichtet.
  Und er würde das Geheimnis seiner Herkunft mit in den Untergang nehmen.

試訳:
 それでいて、やはり“平面”とて、いつかは崩れ落ちるのだ。近隣の星々の暴虐――放射線、重力嵐、灼熱――に噛み砕かれ、朽ち果てる日が訪れる。
 そのときになっても、ライレはなおもそこにいるのだろう。なかばスクラップとなり果てて、孤独に、口をつぐんで、隻眼を破壊の情景へと向けて。
 そうして、その素性の秘密を抱いたまま、滅びに呑みこまれるのだろう。

これまた、前々回に取りあげた部分の詳細である。片目をかくしたライレがぼーっと座り込んでいるさまを、バルディオクがやけに詩的に観察している。
最後の行は、「秘密を墓場(滅び)まで抱いていってしまう」だろう、なのに。
ここをしつこく取りあげたのには、もうひとつ意味がある。実は接続法仮定部分で話は一区切りついているのだ。

(3) 七強者の人間関係

強者の強は「強いられているんだ!」の強みたいだよなあ……(笑)
それはともかく、かなり強引に話が転換しているせいで、ハヤカワ版ではそのままつながっている。

ハヤカワ版:
 自分には、とてもまねができない……。
 たぶん、自分だったら実際に断念していただろう。ほかの六人がそうであったように。
 いまは自分ひとりだけだ。
 ほかの六人は“召喚”にも、もうほとんど応じない。バルディオク自身は通常の生命領域をあとにして、この平原にやってきた。要求に応じて、急いで到着するために。
原文:
  Ich kann es nicht tun! dachte Bardioc.
  Wahrscheinlich hätte er tatsächlich aufgegeben, wenn einer der sechs anderen bereits vor ihm dagewesen wäre.
  Doch er war allein.
  Kaum, daß der RUF an ihn und die sechs anderen ergangen war, hatte Bardioc seinen normalen Lebensbereich verlassen und war zur Ebene aufgebrochen. Er hatte gewußt, wie ihm nach seiner Ankunft zumute sein würde, und sich entsprechend beeilt.

試訳:
〈わたしにはできない!〉バルディオクは思った。
 もし他の六人のだれかが先に到着していたなら、おそらく本当にかれは計画を断念していただろう。
 だが、かれはひとりだった。
 七人に宛てて“召喚”が発されるなり、バルディオクは通常の生活空間をはなれ、“平面”へと出立した。到着後、自分が弱気になることはわかっていたので、それゆえの性急さであった。

未来に思いを馳せる空想が終わって、バルディオクが計画のことを考える様子へと、話題が変わる。うん、フォルツの原文も、ちょっと唐突すぎる気は、たしかにするわ(笑)
弱気になる(わたしにはそれ(プランの実現)ができない!」)ので、自分を鼓舞する時間が必要、という流れである。まあ、es を「ライレみたいに滅びに呑まれること」と読みたくなるのも無理はない。……けど、「反映している」なんだよね、ハヤカワ版だと。

しかし、ここで、「いまこの場に来ていない」を、「過去、“召喚”に応じていない」という設定に「創作」してしまったことは、後に尾をひく。

■148p

ハヤカワ版:
だれも事情は知らなかったが、こうした“会合”に、何度となく“欠席”してきたのである。また、召喚を尊重することもない。
原文:
Niemand wußte, ob er unter diesem Umstand litt, aber erhatte als einziger jemals bei einem Treffen gefehlt und nicht auf den RUF geachtet.

試訳:
ガネルクがそれを苦にしているかはわからないが、これまで一度だけとはいえ、“召喚”を無視し会合を欠席したことがあるのは、かれひとりである。

本来“召喚”を無視することは大事件なのに、「前例」があるため、インパクトがなさすぎる。そこで、「何度となく」という追加要素がプラスされてしまったわけだ。
あと、ガネルクがちっちゃいのを気にしてるんじゃないの~? という部分も、エピローグに絡んでいないこともないのだが(後述)。

■143p/144p

ハヤカワ版:
 バルディオクのからだに手を触れる。バルディオクもそのコンタクトに応じた。もしかすると、ライレの思考を読めるかもしれない!
「あなたはバルディオク。識別できます」ロボットは作法どおりにいった。
 バルディオクはうなずいたものの、昔の習慣にもとづいた対応はしない。それにより、些細なミスやうっかり本性を見せたくなかったから。それに、今回の“召喚”に対する、ライレやほかの勢力の反応には、とても関心があった。
 “ほかの勢力”については、はっきりわからない。自分もそれに“奉仕”しているのだが。その勢力は“物質の泉”の向こうにのみ存在し、自分も、ほかの六人も、そこにはぜったいに到達できないのだった。
原文:
  Er legte eine Hand auf Bardiocs Körper. Unwillkürlich zuckte Bardioc bei dieser Berührung zusammen. Vielleicht konnte Laire Gedanken lesen!
  “Du bist Bardioc. Ich habe dich erkannt”, sprach Laire die Begrüßungsformel.
  Bardioc nickte, ganz gegen seine frühere Gewohnheit versuchte er nicht, den Roboter in ein Gespräch zu verwickeln, denn er fürchtete, daß er sich durch eine winzige Kleinigkeit verraten könnte. Dabei hätte es ihm auch jetzt noch interessiert zu erfahren, ob jene, die den RUF ergehen ließen, Laire und die Ebene selbst erschaffen oder nur von einer anderen Macht übernommen hatten.
  Bardioc wußte nichts über die Macht, der er diente, vielleicht existierte sie sogar nur jenseits der Materiequellen und würde für ihn und die sechs anderen immer unerreichbar bleiben.

試訳:
 バルディオクの身体に手をあてる。思わずバルディオクはびくりとした。まさか、ライレは思考が読めたりしないだろうな!
「バルディオクだな。識別完了」と、ライレが定型どおりに挨拶する。
 バルディオクはうなずいた。常とは異なり、ロボットを会話にひきこもうとはしない。ごく些細なことから露見しないとも限らないから。“召喚”をもたらす存在が、ライレと“平面”を自ら創造したのか、あるいは他の勢力から接収したものか、その点にはいまだに変わらず興味があったのだが。
 バルディオクはおのが仕える勢力についてまるで知らなかった。それは“物質の泉”の彼岸にのみ存在し、かれら七人には永遠にたどりつけないままなのかもしれない。

わざわざ「“ほかの勢力”」と強調しておいて、まちがいとか……まじ勘弁。
ごくあたりまえの Macht(力、勢力)によけいな修飾をつけるから、「“”」なんて余計なモノをつけないと落ち着かない文章になるのだ。

あと、訳文のバルディオク、突然厨二的才能が開花したの?(爆)

(4) バルディオクの憂鬱

■144p

ハヤカワ版:
 ほかの六人が住まう宇宙の城については、ほとんど知識がない。それに言及することが、ほとんどなかったから。しかし、ほかの六人から見ると、自分が“劣る者”とみなされているような印象はあった。
原文:
  Im Vergleich zu den Heimtätten der sechs anderen war Bardiocs kosmisches Burg ziemlich armselig, und wenn auch nie darüber gesprochen wurde, so hatte Bardioc doch oft den Eindruck, daß er bei den sechs anderen deshalb als minderwertig galt.

試訳:
 他の六人の居城に比すと、バルディオクの宇宙の城はすこぶるみすぼらしい。けっして話題にあがることはないが、他の六人からそのせいで見下されているという印象をうけることが、しばしばあった。

鬱屈の原因がはっきり書いてあるのに、すこーんと訳が抜けている(まちがえている)。
原文に「知識」に該当する語があるなら、「知識が貧相」→「知識がない」でもいい。ないのに、なんで知識の話になってるんだろうね? 「他のに比べて/バルディオクの城は貧相/(以下、劣等感からくるヒガミw)」というのが端的な訳になる。

だから城にいるのがイヤ(144p)なのだし、エピローグでもカリブソが言及している……のに、訳しちがえている。

■265p

ハヤカワ版:
 内なる衝動にしたがって、次はバルディオクの城に向かう。ほかの者とくらべれば、それほど重要ではないように見えるし、あの男なら孤独な新参者を迎えてくれるだろう。
原文:
  Einer inneren Eingebung folgend, hatte er Bardiocs Burg aufgesucht. Sie sah im Vergleich zu den anderen tatsächlich unbedeutend aus, und der einsame Ankömmling konnte sich vorstellen, wie sehr Bardioc das zu schaffen gemacht hatte.

試訳:
 直感にしたがい、バルディオクの城へ向かう。他の城に比べると、実際あまりぱっとしない。それがバルディオクにどれほどこたえたか、孤独な客にはわかる気がした。

おそらく、外見が兄弟たちとちがうガネルクには、それを苦にしていた(148p)からこそ、理解できる気がしたのではなかろうか。まあ、住まいがボロアパート(四畳半、バス・トイレなし)なのを豪邸や高級マンションに住む兄弟に嘲笑されたのがグレた理由というのは、超知性体誕生の遠因としては、ちょっとすごく情けないかもしれないが(笑)

にしても、3箇所ともちゃんと訳せていなくては、その情けない理由もまるで伝わらないのだった。

(5) 胞子船と播種船

■145p

ハヤカワ版:
 あの宇宙の領域に向けて、バルディオクとその同僚六人が建造した強力な播種船が、まもなくスタートするのだ。
原文:
  In ein kosmisches Gebiet ähnlich wie dieses würden Bardioc und seine sechs Artgenossen demnächst aufbrechen, jeder für sich an Bord seines mächtigen Sporenschiffs.

試訳:
 やがて、ここに似た宙域へとバルディオクと六人の仲間は出動することになる。おのおのが、強大な胞子船に乗って。

播種船、という訳語そのものが悪いとは言わない。昔、ポスビを開発したトカゲ種族のベーコン苔船・ラボタックスIIの場合は原語が Saatschiff(字義どおり、“種子船”)じゃん、という反論も、それほど説得力がない。
しかし、“播種船”と訳すことによって、「胞子船」という、ローダン宇宙特有のギミックであることを忘れてもらっては困る。胞子船はコスモクラート技術のかたまりで、通常の意味では「建造」できない(ずっと後に、一例だけ判明するが、それも「育成」している)し、「宇宙の城」同様、コスモクラートからの借り物にすぎない。そもそも今回の話のどこにも「オレらが建造した」という描写はない。

だいたい、7隻しかない(強者1人につき1隻と書いてある)のに、「時間超越者の同盟の一員として無数の播種船を操作し」(426巻127p)とか訳してどーするよ?

以下、余談:
直径1126km(㌔である)の球殻は、他のコスモクラート技術の産物に、しばしば流用される。〈法〉付与機、銀河点火弾、〈インシャラム〉……。今後、そのたびに、「播種船と同サイズ」と連呼することになるのだ。

(6) ケモアウク 嗚呼ケモアウク ケモアウク

■146p

ハヤカワ版:
その指示がなかったら、播種船の積荷を物質の泉に運ぶことはなかっただろう。
原文:
Tiefer als Kemoauc, sagten die anderen, war noch keiner bei der Beladung der Sporenschiffe in die Materiequellen eingedrungen,

試訳:
ケモアウクは胞子船への荷積作業の際、他の誰よりも深く物質の泉に潜行した、と囁かれている。

「その指示」という名詞も代名詞もないんだが……。むしろ tiefer als (≒deeper than)という比較級はどこいったんだか……。

851話で残されたメッセージ「物質の泉には近づくな」ともども、ローダンたちがどこでケモアウクに遭遇することになるかを考えても、ケモアウクの背景設定の一番大きい点なんだけどな、物質の泉深く潜った、ってのは。

■247p

ハヤカワ版:
「たぶん、だれかが物質の泉の向こうに進出し、大宇宙のために貴重な認識を得るべきなのだろう」と、ケモアウクがつづける。「だが、きみはそのリズムを決定的に乱してしまった」
原文:
  Kemoauc fuhr fort: “Wahrscheinlich kann nur jemand, der wie ich tief in eine Materiequelle vorgedrungen ist, den unschätzbaren Wert dieser Naturphänomene ermessen, kann erahnen, was sie für das Universum bedeuten. Und du hättest fast den Rhythmus gestört.”

試訳:
 ケモアウクはつづけて、「おそらく、わたしのように物質の泉の奥深く進入した者だけが可能なのだ。この自然現象のはかり知れない価値を推し量り、大宇宙にとっての意味を予感することは。そして、きみはあやうくそのリズムを乱すことろだった」

と、まあ、一種ケモやんの自信の源にもなっているわけだ。
なんでこー、「キャラ描写」を片っ端から切って捨ててるのかねえ。

(7) 先入観・疑いのまなざし

■146p

ハヤカワ版:
 まず最初に、この平原の現状と危険性を指摘するとは……バルディオクは緊張が耐えがたいほど高まるのを感じた。
「それとも、われわれの道をさらにひろげるため、わたしをあざむいているのか?」と、ケモアウク。
「だれもあざむく気はない」バルディオクは内心の動揺をかくし、平然をよそおって、「しかし、道の長さと、そこにいたる速度については、問題がある。とくに、速度は行動の動機づけになるだろう」
原文:
  Erst dann kam er auf Bardiocs frühes Hiersein zu sprechen, ein Umstand, der seine Gefährlichkeit nur noch unterstrich und Bardiocs Wachsamkeit in unerträgliche Spannung steigerte.
  “Täusche ich mich oder hast du den weitesten Weg von uns allen?” fragte Kemoauc.
  “Du täuschst dich nicht”, erwiderte Bardioc gelassen, obwohl er innerlich vibrierte. “Aber die Länge des Weges sagt nichts über die Geschwindigkeit aus, mit der man sich bewegt. Und Geschwindigkeit ist motivierbar.”

試訳:
 それからようやく、バルディオクの一番乗りについて口にした。危険性の強調される状況に、バルディオクの警戒心はほとんど耐えがたい緊張にまで高まった。
「わたしの思いちがいかな、たしかきみの城が一番遠かったのではないか?」と、ケモアウク。
「思いちがいではないさ」バルディオクはさりげなく応じた。内心は震えあがっていたのだが。「だが、距離の長さは、移動に際しての速さを告げるものではなかろう。速度は動機しだいで変わるものだしな」

今回、いちばん失笑/落胆した誤訳。
登場早々、バルディオクを犯罪者扱いかよw >ケモアウク

9章あたりの述懐を読んだうえで振りかえると、この時点でケモアウクがすでに「あー、他の連中同様、こいつもいろいろイヤになってんだなー」と、生ぬるい目つきをしていたであろうことが推測できる。変な理解のある微笑みともども、実はこの後の事件の伏線になっているのだ。

動詞 täuschen には「(4格を)だます、あざむく」の意味がある。この文章だと、あざむく対象は mich となる。「わたしがわたしをあざむいた」と考えても、なんとかなるのだが(なってないが)……。
ドイツ語には、再帰動詞とゆーものがあって、明確な使い分けがされている。täuschen sich で「思いちがいをする」となる。原文中では、主語 ich、du にあわせて目的語も mich、dich と変わっており、まちがいなく「自分に帰る」再帰動詞なのだ。したがって、翻訳も「わたしが思いちがいをしているか(疑問文)」「きみは思いちがいをしていない(回答)」でなければならない。
訳文は詰問調で、どう見ても「(きみは)わたしをあざむいているのか」だよね。

似たケースでは、動詞 verraten の意味「(1) 裏切る (2) (秘密等を)吐露する」を、ハヤカワ版では必ず「裏切る」としか訳さない。800話でも、850話(149p)でも、「吐露する、白状する」が正しい。翻訳以前に、辞書ちゃんと引けてないんじゃないの?

ハヤカワ版:
 バルディオクははじめて、この仲間から孤立し、見捨てられていると感じた。すでに、心のなかでは、ほかの者とわかれる準備ができているのだが。
 いま、その時間がきたのだ……肉体と空間から分離する瞬間が。
原文:
  Zum erstmal fühlte Bardioc sich in diesem Kreis einsam und verlassen. Das zeigte ihm, wie sehr er sich innerlich bereits von den anderen getrennt hatte.
  Und nun war die Zeit gekommen, diese Trennung auch köperlich und räumlich zu vollziehen.

試訳:
 バルディオクははじめて、兄弟の輪のなか孤独で見捨てられていると感じた。それはすでに心のなかでは他の者と隔たりが生じていたことを浮き彫りにした。
 そしていま、その隔たりを肉体的、空間的にも実現すべき時がやってきたのだ。

単に、♪どこか遠くへいきたい、のである。

あれやね……カリブソの超自我話に引きずられてるんかね。つーか、どうにも「バルディオクは超知性体になることを企んでいる」と思ってないか >ハヤカワ版の中のヒト
自分で読んでて、なんのこっちゃと思わないのだろうかこの文章。脈絡とか脈絡とか。
翻訳以前に、国語力を疑わざるをえないぞ。

(8) 委託元についての情報

■150p/151p

ハヤカワ版:
「哲学的な問題だな。しかも、われわれ全員が長いあいだ考えてきたものだ」と、ケモアウクが認める。「もしかすると、未知者は大宇宙のあらゆる場所に生命を運ぶことそのものに、意味を見いだしているのかもしれない。あるいは、そうすることで、ほかの勢力の進出を阻止しているのか……」
原文:
  “Das ist eine philosophische Frage, über die ich schon lange nachgedacht habe”, gestand Kemoauc. “Ich nehme an, daß die Unbekannten den Sinn des Universums darin sehen, daß es überall Leben trägt. Vielleicht handeln sie ihrerseits nur im Auftrag einer anderen Macht.”

試訳:
「哲学的な問題だな。それについては、わたしもずっと考えてきた」と、ケモアウクが認めた。「未知者は、いたるところ生命で満たされることにこそ、大宇宙の意義があるとみなしているのではないかな。あるいは、かれら自身、ほかの勢力の委託をうけているだけなのかもしれない」

哲学的に考えすぎである >ハヤカワ版
ほかの勢力の委託をうけると、進出が阻止できるらしい。難解すぎ。

■152p

ハヤカワ版:
「いずれにしても、われわれの船には積荷がある。その意味するところは明らかだ。ぐずぐずせずに、いつもの“事業”をくりかえすということ」と、アリオルクが口をはさんだ。
原文:
  “Trotzdem sollten jene, die unsere Schiffe beladen, uns nicht länger darüber im unklaren lassen, welcher Sinn hinter den sich stets wiederholenden Unternehmungen steckt”, sagte Ariolc.

試訳:
「いずれにしても、われわれの船に積荷を載せる連中、そろそろはっきりしてくれてもよさそうなものだ。ずっとくりかえされる事業に、いかなる意味があるのかを」と、アリオルク。

うーん……単語しか合ってねえ。
もはや単語でパズルをしているとしか考えられない。ドイツ語、読んでないよね?
こういった変な文章が散見されるから、機械翻訳なんじゃと言われるのだ。とゆーか、数年前からまるで進歩の見られない読解力ともども、私的にはもう疑念の余地がないけど。
某アインシュタインの伝記とか、某A県やN県のホームページは、他山の石にはならなかったみたいだなあ……。

……。
2章の「明るくなって、また明るくなる具象球体内部」「現実を認識しまくるローダン」あたりまではやろうと思っていたが、このへんでギブアップだ。
そのへんは、次回「脳」の話のついでに、できたら紹介しよう。

Posted by psytoh