時間超越 -9- part3

ハヤカワ版, 誤訳

「時間超越」9章、予告どおり3回目でなんとか~。
多少駆け足になっているのはご愛嬌(ナワケネーwww)

とりあえず、人形のガワをかぶった本物のカリブソと、とうとうアラスカはご対面――

■234p

ハヤカワ版:
 気がつくと、あたりは明るくなっていた。霧が晴れたのだ。都市に目をやると、通りに住人“”がいる。いずれもぎこちなく、同じ速さで動いているようだ。
原文:
Inzwischen war es fast hell geworden. Der Nebel über der Stadt begann sich zu lichten. Auf den Straßen tauchten vereinzelte Gestalten auf. Sie bewegten sich ruckartig und mit gleichförmiger Geschwindigkeit.

試訳:
 いつのまにか、あたりはかなり明るくなっていた。都市を覆っていた霧も晴れはじめて、通りにはちらほらと人影があらわれていた。一様にぎこちなく、おなじ速さで動いている。

これ、明るくなったのって、単に朝になったからでしょう。もともと夜だったこと、ひょっとして忘れた?
動詞 lichten は、名詞 Licht 「光」と同根で、「明るくなる、(薄くなって)透ける」等の意味がある。霧が薄くなり(都市の詳細が透けて)人影が見えた、のだ。前半だけ取り分けて、前の文章の理由にするから、おかしくなる。

ハヤカワ版:
 それに、素材をどこから入手したのか、それもわからない。あるいは、カリブソの種族は、物質を自由に変化させる能力を持っているのだろうか?
原文:
Dabei wußte er allerdings nicht, welche Möglichkeiten Callibso zur Verfügung standen. Vielleicht beherrschte Callibos Volk alle Möglichkeiten zur Veränderung der Materie.

試訳:
 もっともアラスカは、カリブソがどんな手段を有しているのかを知らない。ひょっとしたらカリブソの種族は、物質を自在に変化させる方法を駆使しているかもしれなかった。

Möglichkeit は「可能性」で、経験的に「手段」と訳せる。……素材?
zur Verfügung は「~の意のままになる」で、アラスカも初登場時に、アトランにこう言っている。別に、「わたしを閣下の好きにして」じゃないよ?(笑) ともあれ、これを踏まえて上記の文節を直訳すると、「どんな可能性がカリブソの意のままになるか」となる。

ハヤカワ版:
 自分はカリブソに由来する“出来ごと”の渦中にいる。それはたしかだ。だが、もしかすると、まだ逃れられるかもしれない。なんといっても、殲滅スーツは本来の所有者のもとに、もどってきたのだから。
原文:
Alaska ahnte, daß er bereits zu tief in die Ereignisse verstrickt war, um sich noch zurückziehen zu können. Der Anzug der Vernichtung selbst hatte ihn zu dem ursprünglichen Besitzer des Kleidungsstücks zurückgeführt.

試訳:
 アラスカは、自分がもはや引きかえせないほど深くこの事態に巻きこまれていると予感した。殲滅スーツ自体が、その本来の所有者のもとへもどろうと、かれを誘導したのだ。

ひきかえせるかというと、すでに too deep なのだ。これを逆に読むのって、ある意味、信じられないのだが……。

ハヤカワ版:
 サイノスのシュミットは、こういう展開を事前に予想していたのだろう。だからこそ、自分を“運搬者”に選んだにちがいない。
原文:
In Alaska stieg der Verdacht auf, daß der Cyno Schmitt diese Entwicklung bereits vorausgeahnt hatte. Für Imago I war Alaska nur der Überbringer gewesen.

試訳:
 アラスカの胸中に、サイノのシュミットはすでにこの展開を予感していたのではという疑念が浮かんだ。イマーゴIにとり、自分は“運搬者”にすぎなかったのだろう。

ここが「運搬者」Überbringer とされる唯一の個所。あとは、このちょいと後で Bote が用いられているが、これもだいたい同様の意味。

ハヤカワ版:
 このとほうもない“宇宙的関連”のことを考えると、息がとまりそうになる。イマーゴIと名乗る生物は、成就まで数百年かかる長期計画を、いともかんたんに立案したのだ。これまで、おのれが“宇宙的な力”の道具であることを、全力で否定しようとしてきたが……結局、なにも変化させられなかったようだ。
原文:
Alaska stockte der Atem, wenn er an die unglaublichen Zusammenhänge dachte. Wsen wie Schmitt konnten über Jahrhunderte vorausplanen. Alles in Alaska sträubte sich gegen die Vorstellugn, letztlich nur das Instrument kosmischer Mächte gewesen zu sein, aber er konnte nichts daran ändern.

試訳:
 想像を絶するつながりを思うと、息づまるものがある。シュミットのような存在は、幾世紀もの先を予測して計画を練るのだ。アラスカのすべてが、結局自分は宇宙的勢力の道具にすぎなかったという想像にあらがったが、だからといってそれが変わるわけでもない。

考えるのもイヤだけど、事実は否定できないのだ。
あと、抵抗しているのは、地の文で過去形なので、作中の現在時。過去完了形ではないから、「これまでずっと……」というニュアンスはない。過去をふりかえって、いま想像して、いま抵抗しているのである。訳文、文節ごとの時制がごちゃまぜだ。

■235p

ハヤカワ版:
 シュミットは殲滅スーツを本来の所有者のもとにもどすため、複雑だが効果的な方法を考えたのである。アラスカはメッセンジャーにすぎない。イマーゴIはおのれが消えるのにさいし、その役をひきつぐ存在として自分を選んだ。その結果、自分は“宇宙的生物”になったのである。そう考えても、不快ではない。
原文:
Auf eine komplizierte, aber wirkungsvolle Weise hatte Schmitt veranlaßt, daß der Anzug der Vernichtung wieder an seinen rechtmäßigen Besitzer überging. Alaska war der Bote gewesen. Damit er seine Rolle übernehmen konnte, hatte er sich gewandelt, war zu einem kosmischen Wesen geworden. Der Anstoß war nicht aus ihm selbst gekommen.

試訳:
 複雑だが効果的な方法を用いて、シュミットは、殲滅スーツが正統な所有者のもとへもどるようなさしめた。アラスカは使い走りにすぎなかった。その役割を背負えるよう、かれは変貌し、宇宙的存在となったのである。発端は、かれ自身から生じたものではなかった。

Bote はまちがいなく「メッセンジャー、使者、配達人」であるが、ここはあえて一番ひどそうな訳語を選んだ。むしろパシリにしたい(笑)
Anstoß は、「キックオフ、発端」のほか、「不快感のもとになるもの」という意味も確かにある。でも、これを「不快感のもとは自分自身のうちからくるものではなかった」って読む? しかもそれを、やけに爽やかな一文に変換する? 意味イコールじゃないよねえw

■236p

ハヤカワ版:
だが、いずれはこの新しい状況をうけいれるだろう……ほかに方法はないはずだ。
原文:
Alaska entschloß sich, dieses Wesen eine Zeitlang allein zu lassen. Callibso mußte Gelegenheit finden, die neue Situation zu akzeptieren.

試訳:
アラスカは、しばらくひとりにさせてやることにした。カリブソとて、新しい状況をうけいれるための機会が必要だろう。

アラスカの配慮がすっぽり消えうせているのはなぜ……?

ハヤカワ版:
いくらイマーゴIでも、スーツを返却したあとのことまでは計算していなかったにちがいない。つまり、これから先はおのれの意思で自由に決定できるということ。当然、恐れる必要もない。相手が神秘的な力を乱用するとは思えないから。
原文:
Bestimmt hatte Imago I über den Zeitpunkt der Erledigung dieses Auftrags hinaus keine Pläne mit ihm gehabt. Das bedeutete, daß Alaska jetzt, da er den Anzug zurückgegeben hatte, frei entscheiden konnte. Zum erstmal brauchte er nicht zu befürchten, von geheimnisvollen Mächten mißbraucht zu werden.

試訳:
イマーゴIとて、任務達成のそのあとまで、アラスカに関する計画があったとは思えない。それはつまり、スーツを返却したいま、アラスカは自由に決断できるということ。謎に満ちた勢力に使い棄てられるのをおそれる必要がないというのは初めてだった。

スーツ返還云々をひとまとめにしちゃうのは、シンプルでいいと思うが……その後が悪い。
頭から訳したって、「おそれる必要がない、~することを」なのに、なんで理由になってるの。しかもアラスカとカリブソが混同されてるし。

ハヤカワ版:
 運命について考えても、しかたがない。それこそ、無意味だ。
 いや、そういう考えに与したくはなかった。
原文:
Man hatte ihn benutzt und sich über sein weiteres Schicksal keine Gedanken gemacht. Er war viel zu unbedeutend.
Dieser Gedanke erweckte seinen Trotz.

試訳:
 かれは利用され、しかもその後の運命を顧慮すらされなかった。無意味すぎる存在だ。
 そんな考えが、アラスカの反撥心をめざめさせた。

よくもそこまでゴミ扱いしてくれたなこの野郎――である。がんばれアラスカ! だけど訳者はきみの味方じゃないぞ!(爆)

■237p

ハヤカワ版:
「わたしは帰りたい!」カリブソの注意をひくように、大声を出した。「ショックから立ちなおったら、そのことも考えてみてくれないか」
原文:
“Ich komme zurück!” rief er Callibso zu. “Solange du dich erholst, werde ich mich weiter hier umsehen. Denk darüber nach, ob du nicht etwas für mich tun kannst.”

試訳:
「また戻ってくる!」と、カリブソにむかって叫ぶ。「あなたが休んでいるあいだ、このあたりを見てまわるから。わたしのために何かできることはないか、考えてみてくれないか」

いや……8章あたりのローダンのセリフも、やたらと「~したい」になっているのは気づいてたんだけど。ここまでくると、ぜんぜん意味ちがってるからなあ。

ハヤカワ版:
 壁に近づき、“オリジナル”のカリブソが、さまざまな世界から持ち帰った“土産”をチェックする。
原文:
Die Gegenstände an den Wänden ließ er dabei unberücksichtigt, denn sie stammten von anderen Welten und gehörten sicher nicht zum ursprünglichen Besitz Callibsos.

試訳:
 その際、壁にかかった道具類は無視する。雑多な世界に由来するそれらは、カリブソ本来の所有物ではありえない。

逆だって。
まあ、カリブソ本来の持ち物でなくとも、井戸関連の情報を含むものはありそうだと思うんだけどねえ。

ハヤカワ版:
人形がかぶっていたものだ。
原文:
wie ihn die Puppe ebenfalls trug.

試訳:
人形がかぶっていたのと同じものだ。

人形は、オリジナルのカリブソ(擬)とそっくりであるから、シルクハットも同じものが用意されている……ただし、中身なしで。そう考えないとヤバすぎるでしょw

ハヤカワ版:
 それをテーブルに載せて、ためつすがめつ調べる。
原文:
Überrascht ging Alaska zum Tisch und stülpt den Zylinder um. Als er ihm wegnahm, lagen ein halbes Dutzend merkwürdiger Instrumente auf der Tischplatte.

試訳:
 驚いたアラスカはテーブルにいき、シルクハットをひっくりかえして伏せた。それから持ちあげると、卓上に半ダースの奇妙な道具類があらわれた。

調べているのは、帽子ではなく、道具類である。非常に古ぼけたシルクハットで、しかもまったく異質な文明の産物に見える――って、どんなんだろね。

ここで中身が出ているのに、帽子観察ばかりしている(笑)から、あとの段落で、ちがう文章を「帽子に小型機器をかくしていた」と、原意とぜんぜんちがう翻訳をするハメになるんだよ。

ハヤカワ版:
カリブソはこの帽子に、さまざまな小型機器をかくしていたようである。いろいろためすうちに、ちいさな透明キューブが出てきた。メビウスの環を彷彿させる“リボン”がついた輝く球体、八角形のクリスタルも。しかし、その三つを調べる前に、扉が開いた。
原文:
Er war überzeugt davon, daß Callibso mit diesen kleinen Apparaten eine Menge anfangen konnte. Vor Alaska lagen ein transparentes Röhrchen mit leuchtenden Kugeln darin, eine Metallschleife, die ihn an einen Möbiusstreifen erinnerte und ein achteckiger Kristall mit zahlreichen Auswüchsen. Bevor er die drei anderen Gegenstände näher in Augenschein nehmen konnte, lenkte ihn ein Geräusch am Eingang ab.

試訳:
カリブソがこれらの小型機器でさまざまなことが可能なのはまちがいない。アラスカの前にあるのは、輝く球体がちりばめられた透明なチューブ、メビウスの環を彷彿させる合金製のリボン、無数の突起のある八角柱クリスタル。残りの三つを仔細にながめる前に、入口の方からの物音に注意をそらされた。

最初の一文については、前に書いたとおり。意味、ちがうから。
ええと……前の文章で「半ダース(6個)」の記述があり、いま3個見たので、当然あと3つ(drei anderen)あるわけで。しかも、見た3つも、なんだか描写がいりみだれてるぞ?

■238p

ハヤカワ版:
 カリブソが扉の前に立っていた。
原文:
Callibso stand in der Tür.

試訳:
 カリブソが戸口に立っていた。

誤訳というか、想定の差だけなんだが。前のページで、「強引に扉をこじあけた」わけだけど、ひょっとしてその際に、扉こわれてるんじゃないの?

ハヤカワ版:
その用途や機能を知らないのではないか……最初はそう思ったが、どうやら違うらしい。使い方を心得ているようなあつかい方である。
原文:
Alaska ahnte, daß es nicht klug gewesen war, dem Kleinen diese Utensilien zu überlassen, aber dieser Fehler ließ sich nicht mehr korrigieren. Mit den Instrumenten als Faustpfand hätte Alaska vielleicht etwas erreichen können – so war er dem Fremden ausgeliefert.

試訳:
道具類を小人にわたしたのはまずかったかな、とアラスカは思った。だが、いまさら手遅れだ。機器をしちにすればなんらかの譲歩を得られたかもしれないが――こうなると、異人の出方しだいだ。

ここの訳は、正直むずかしい。はたして試訳で正解かも微妙だが……あくまで最後の一文だけであって、訳文がおかしいことは確実だ。カリブソの中身が、すでに元の人形のものではないことを認めていながら、なに考えてるんだ、このアラスカ(笑)

※4/24追記:最後の一文の試訳訂正
かれ=アラスカの命運はカリブソの掌中にある、くらいの意味と読んだ。

ハヤカワ版:
「ぜんぶ“もと”のあなたの持ち物だ」と、声をかけてみる。「持っていればいい」
原文:
“Es sind Teile deiner ehemaligen Ausrüstung”, vermutete Alaska. “Das ist alles, was dir noch geblieben ist.”

試訳:
「それはかつてのあなたの装備の一部だな」アラスカは推測して、「いまなお残っているのは、それだけなのか」

訳文のアラスカ、何様や……(笑)
この文章は、なんつーか、それだけしか、当初の装備が残っていないほど、長い永い歳月がすぎていることを、アラスカに感じさせたかったんじゃないのかと思うんだが。

■238p

ハヤカワ版:
「どこに向かえというのだ?」
原文:
“Wo würde ich herauskommen?”

試訳:
「どこに出るんだ?」

抜けた先はどこになるのか、である。

ハヤカワ版:
どの世界に向かうかは、時間の井戸が決定するのだ!」
原文:
Auf jeden Fall auf einer Welt, auf der sich ebenfalls ein Zeitbrunnen befindet.”

試訳:
とにかく、そこにも時間の井戸がある世界にだ」

決定するのだ、というより、運しだい、といった方がわかりやすいんじゃないか(笑)
というか、アラスカがティワナクにあると思いだした似たような石像、という伏線はここにつながってくるのだが……。

ハヤカワ版:
「待ってくれ。まだ旅立つ準備がととのっていない」と、マスクの男。「わたしは特定の目標をめざすが、あなたの援助がないかぎり、そこに到達できないだろう。条件をしめしてもらいたい」
原文:
“Ich bin nicht bereit, Derogwanien unter diesen Umständen zu verlassen”, verkündete Alaska. “Ich habe ein bestimmtes Ziel. Solange du mir nicht hilfst, es zu erreichen, wirst du dich mit meiner Anwesenheit abfinden müssen.”

試訳:
「そんな条件下では、デログヴァニエンを離れるわけにはいかない」アラスカは宣言した。「わたしにはここぞと決めた目的地がある。そこへたどりつけるよう手伝う気がないのなら、わたしがここにいることをうけいれてもらうしかないな」

アラスカはテラに時間の井戸があることを疑っていて、また、カリブソに不特定の接続のなかから任意のものを選別する力があることも確信している。そこに「手伝ってくれないかぎりうざったく居候しちゃうぞ作戦(10章part1参照w)」が発動する余地があるわけだ。

……。
いや、そろそろ論評するネタも尽きてきたけど。
よく投げ出さないな(笑) >自分

Posted by psytoh