1000話「テラナー」について (4)

ハヤカワ版, メモ, 誤訳

1000話「テラナー」について、第4回である。

ウィリアム・フォルツことヴィルヘルム・カール・フォルツは1938年1月28日生まれで、ちょうどローダン(1936年生)やブル(1938年生)と同年代である。第二次大戦中、徴兵をうけた父は補給船の乗組員として出征しており、作中ローダンがカール叔父にあずけられたように、ウィリー少年も戦況の悪化にともなう疎開を経験している。故郷オッフェンバッハからわずか10数キロの避難先ハインハウゼンは、今日では人口密集地帯だが、当時はのどかな田舎であったらしい。

5歳の頃にはふつうに読書できたというから、作中でペリー少年がカール叔父にあきれられ、また1177話「ケース・マウンテンの少年」で母マリーに「本ばかり読んで!」と叱られていたのも、あるいはフォルツの実体験(※)からきているのかもしれない。
(※)話はちがうが、“グリーンホーン”ピンサーが色盲のせいで太陽系艦隊の審査をハネられたのは、フォルツ自身が徴兵時検診で色盲が発覚した体験からきているらしい。

さて、本シリーズの主人公ペリー・ローダンは、不時着していたアルコン船と偶然に遭遇し、宇宙への道を踏み出したものだと思っていたら、今回、実は文字通り〈それ〉と“旧友”であったことが判明する。

第3部 その男、ペリー・ローダン

ペリー・ローダン。西暦1936年6月8日、コネティカット州マンチェスター生まれ。Perrypediaによると、ファーストネームはペレグリヌス(Peregrinus)――「巡礼」ないし「放浪者」――の略称にあたるという。

父ジェイコブ・エドガー・ローダンは、第一次世界大戦末期にドイツのオーバーバイエルンから両親とともにアメリカに移り住んだ移民、19世紀に移住したティーボ家出身の母マリーも先祖をたどるとロートリンゲンに行き着くらしい。
ひとつ年下の妹デボラが生まれるも、1941年、母が車のハンドブレーキをかけ忘れたことが原因の事故で死亡している。ローダンの鼻梁の傷痕も、この時のもの。
※ローダン家については1177話「ケース・マウンテンの少年」と1178話「第四の英知」に詳しい。1948年、12歳のローダンが宇宙飛行士になるため空軍パイロットをめざす契機となる事件が再現されている。

第二次世界大戦末期には両親そろって出征し――マリーは看護婦だったと思うが、いまいち記憶がさだかでない――、9歳のペリー少年は農場を営む父の弟、カール叔父のもとへとあずけられた。
そして1945年5月、ドイツが降伏し、西部戦線が終結をむかえた頃……。

ハヤカワ版(p192)
「また嵐になりそうだから」

原文:
≫Es ist möglich, dass wir heute noch ein Gewitter bekommen.≪

試訳:
「どうやら、もうひと雨きそうだからな」

Gewitter には嵐の意味もあるが、一般的には「雷をともなう(強い)雨」であり、呑気にお茶へお呼ばれしているところを見ると、時間的には「夕立」になる。
嵐がきそうなら、遊んでないで帰ってこい、じゃないかと思うのだが。

ハヤカワ版:
「こんど叔母さんが町へ行くとき、図書館で探してくれるそうだ」要領をえない顔で少年を見る。「自分の家でも本を読んでいたのか?」

原文:
≫Sobald deine Tante in die Stadt fährt, wird sie versuchen, diese Bücher in einer Bibliothek zu bekommen.≪ Er sah den Jungen unsicher an. ≫Hast du zu Hause auch solche Lektüre bevorzugt?≪

試訳:
「今度、叔母さんが車で町に出たら、図書館から借りてきてくれるとさ」落ちつかなげに少年を見て、「おまえ、家でもあんな本ばかり読んでたのか?」

動詞が fährt なので、叔母さんは車で出かける。まあアメリカの農村はどこも広そうだから、当然のことは言わないかも。あと原文は「手に入れることを試みる」で、図書館にもない本かもしれない(笑)ので、探す、の方が適当かもしれない。

セリフの後半、本を読むこと自体はおかしくもなんともない。動詞 bevorzugen は「好む、贔屓する、優先権を与える」、Lektüre は「読書(する行為、する内容)」であり、どんな分野をペリー少年が要望したのかは、p193で書かれている。“宇宙旅行だの、異星世界だの、ばかけた本ばかり(all diesen Unsinn über Weltraumreisen und ferne Welten)”なのだ。SFファンは理解されない(ぁ

ハヤカワ版(p193)
これからもっとひどいことが起きるんだ」

原文:
Es werden noch schreckliche Dinge passieren, weit weg von hier.≪

試訳:
まだ、おそろしいことが起きるんだ、ここからずっと遠いところで」

夢で見た、遠い場所で起きる、ドイツ敗戦後のおそろしいできごと……。あえて言うと、広島・長崎への原爆投下のことを予言している。後の「大人はそんなことありえないといい」あたりへつながるのだと思われる。
たぶん、ホントにただの夢の話と判断したのだろう >ハヤカワ版

ハヤカワ版(p194)
母屋が稲光に浮かびあがると、

原文:
Drüben im Haus gingen die Lichter an,

試訳:
母屋では明かりが灯り、

Drüben は「あちら、向こう、海外」で、次の文章で“世界がふたつに分断”されたようだ、という前フリに近い。
im Haus なので、光が灯ったのは家の中。だいたい、カーテンごしに奥さんのシルエットが浮かびあがっているのだから、それは稲妻のためではないのだ。

あぷだくしょーん。
こうして、ペリー少年は人工惑星ワンダラーへと招かれる。コスモクラートの用意した細胞活性装置の、潜在的携行者として……。

ハヤカワ版(p198)
子供たちは植物や動物が自分に話しかけてくるのを知っている。

原文:
Die Kinder wüssten gerne, auf welche Weise eine Pflanze oder ein Tier zu ihnen sprechen kann,

試訳:
子供たちは草木や動物がどうやって自分に語りかけるか知りたがるが、

たぶん、本当に知りたいのはお返事する方法じゃないのかと思われる。語りかけてくるのは子供たちにとって当然のことなのだろう。

ハヤカワ版(p199)
もうひとりがどう反応するか、予想がつかない。

原文:
Es macht uns Sorgen, wie deine Artgenossen sich verhalten.

試訳:
心配なのだよ、きみの仲間たちがどう反応するのか、とね。

「きみの同類」deine Artgenossen をハヤカワ版はアトランのことと読んだ(“もうひとり”)ようだが、複数形なので大ハズレである。子供の不死者とかあらわれたら、人類がどんな対応するかは火を見るよりも明らかだよなあ、である。

ハヤカワ版:
「ぼくはいつ大人になるの?」少年がたずねた。
「いつ大人になるのか、とは?」“それ”は理解できずに問いかえした。

原文:
  ≫Wann werde ich erwachen?≪, erkundigte sich der Junge.
≫Erwachen?≪, echote ES verständnislos.

試訳:
「いつになったら目がさめるんですか?」少年がたずねた。
「目がさめる?」と、オウムがえしに〈それ〉。

「成長する(大人になる)」erwachsen と「目がさめる」erwachen の読み違え。

5章に入ってから連呼される“大人”が Erwachsenen(複数形)だし、〈それ〉のセリフ「いつかきみが大人になったら」も、この会話の後でカルフェシュが「いつか大人になるとは信じられない」と述懐するところも erwachsen なので、そのまま全部おなじ単語と読み流したのだろう。

しかし、2回も言っているのだし、この後で「だって、これは夢なんでしょう?(≫Dies ist doch ein Traum, nicht wahr?≪」と続くあたりで、もうちょい考えてほしい。〈それ〉やカルフェシュの言う“いつか”は eines Tages で、ペリー少年の“いつ”は質問なので Wann(英:When)と異なっている。
#テクマクマヤコンとかミラクルキャンディーはペリー少年とは方向性がちが(ry

ハヤカワ版(p200)
「これは夢だ。きみを自分の世界に帰す前に、しっかり記憶させる必要がある。だが、その前に、宇宙の窓を開けて見せてやろう」

原文:
≫Dies ist ein Traum, an den ich dir die Erinnerung nehmen muss, bevor ich dich zu deiner Welt zurückbringe. Doch bevor dies geschieht, werde ich das Fenster zum Kosmos für dich aufstoßen.≪

試訳:
「これは夢で、きみの世界へともどす前に、その記憶は取り去らねばならない。だが、そうする前に、きみのために宇宙への窓を開いてあげよう」

動詞 nehmen 「取る」には、取り去る、奪うの意味もある。
まあ、前段の「胸の炎がけっして消えないように」から、おぼえこませる方向へ訳がシフトしてしまったのだと思われる。にしても、真逆の意味に訳すのはどうだろうか。

ハヤカワ版(p201)
「説明しにくいんだけど……調和のとれた光の波。なにか不思議なものがあって、自分がその一部みたいに感じた」

原文:
≫Es ist schwer zu beschreiben≪, sagte er. ≫Eine … harmonische Woge aus Licht. Und das Eigenartige war, dass ich mich als Teil davon fühlte.≪

試訳:
「うまく言えないよ。あれは……光の波の、ハーモニーだった。それで、変なんだけど、ぼくもその一部だって、感じたんだ」

第2回冒頭で取りあげた部分である。私家版、“調和のとれた”は、いくら読書家でも9歳のコドモの使う言葉じゃないよなあとこんな感じにしたのだが。ソースは自分w
#「本ばかり読んで」は、小学生の頃よく言われたものだ(爆)

最後のセリフは、「そして、それは奇妙なことだった/自分がその(光の波の)一部だと感じたことは」で、dass 以降は主語 das とイコールである。Eigenartige は形容詞 eigenartig 「独特な、奇妙な」の名詞形。
続く〈それ〉のセリフも、変じゃない? と暗にたずねられたことへの「それでいい(Es ist alles in Ordnung)」、だいじょぶオールOKである。

そして、つかのまの出会いの記憶は失われ、ただ、胸の奥に消えない星々への憧憬だけが残った。

その道しるべにしたがい、US空軍、さらには宇宙軍の本番パイロットとなったローダンは、第6章「宇宙への道」のような経緯をたどって、ひとつのゴールへと到達する。
生命・知性の播種を司る七強者、ネガティヴな存在と戦う深淵の騎士団。宇宙に秩序をもたらすためにさまざまな組織を指導する、未知の高次存在コスモクラートの足跡を追って、〈物質の泉〉にまでたどりついた。コスモクラート自身との対面はかなわず、代わりに友アトランはロボット・ライレとともに〈泉〉の彼岸へと姿を消し……そこでローダンは、進むべき道を見失う。

これはある意味、当然のことなのだ。なぜなら、ローダンは、もう何ひとつ持っていないのだから。

銀河系に帰還した《バジス》とローダンを、人々は歓呼をもって迎え入れる。コスモクラートの使者と接触し、局部銀河群を襲った宇宙震の原因を突きとめこの未曾有の災害を停止させた、まさに英雄として遇した。
だが、人々は忘れている。銀河系に居場所をうしなったローダンが《ソル》で旅立ったのは、わずか5年前でしかないことを。

そもそも、アルコン宇宙船と接触したペリー・ローダン少佐が、故国を捨てて第三勢力を設立したのは、対立する三大ブロック(米露中)が保有する核の脅威から人類を解き放ち、統一された種族として星々の世界へと導くためだった。
その行為をして、アルコン人クレストにローダンを“最初のテラナー(Der erste Terraner)”と呼ばしめたのだ。

その目標は、太陽系帝国として結実する。とはいえ、ロボット摂政の管理下に置かれながらもなお強大なアルコン帝国や大小さまざまな星間勢力とのせめぎ合い、アンドロメダの島の王やマゼラン星雲の時間警察、20万年前からの因縁をひきずるグルエルフィンのカピン緒族との接触もあって、軍事国家としての道を歩まざるをえなかったことはローダンとしては苦渋の決断であっただろう。
その過程で、植民者たちが離反し、ダブリファ帝国・カルスアル同盟・中央銀河ユニオンの三大星間帝国をはじめとする多数の利害同盟が誕生し、テラと敵対する施策を取ったことも大きな挫折感をもたらしたはずだ。

ローダンの夢は後退を余儀なくされ、ただ「太陽系人類の福祉」のみがかろうじて残された。胸に抱く理想は、人々の無理解にさらされながらも、なお消えることなく、彼は職務を忠実に果たしつづける。
(→不可視の境界 -1-

しかし、その太陽系帝国すら、多銀河連合体〈公会議〉の侵攻によって滅び去り、テラは一旦、故郷銀河からはるか遠い宙域へと脱出したが、ここでもアフィリー禍のためローダンは母星を追われ、世代宇宙船《ソル》とともに“放浪者”となる。

銀河系をめざす長い旅路のうちに、《ソル》で生まれた世代はローダンらの郷愁を理解せぬ“ソラナー”となり、ついには彼らの“故郷”たる《ソル》をもって道を分かち、宇宙の深淵へと去っていく。
銀河系への帰還――120年の不在による、身の置きどころのなさを痛感した――後、あらためて探索に向かった地球にも、彼の人類はもう存在していなかった。200億の人々は〈完成のプラン〉の名のもとに〈それ〉に吸収されてしまったのだ。

さらに、友の多くが〈それ〉の一部となる道を選び(968話)、不死者ならぬ身の3人目の妻オラナ・セストレにも去られ(999話)、ローダンはただひとり取り残される。彼にはもう、何ひとつ残されていない。おのれ自身という、ただ一個の人間以外には。

なのに人々は彼を英雄と讃え、さらなる行動を期待する。
次に自分は何をすればいいのか。何をすべきなのか。何ができるのか。
懊悩する彼の前に、“旧友”からの使者があらわれる。

ハヤカワ版(p225)
ペリー・ローダンがその店にくるきっかけとなった内なる不安は、三杯めの合成ワインを飲みほすころには消えていた……とはいえ、周囲の人やものを見ると、かんたんに思いだしてしまうのだが。

原文:
Die innere Unruhe, die ihn überhaupt erst veranlasst hatte, hierher zu kommen, legte sich auch nicht nach dem dritten Glas Synthowein – aber sie ließ sich nun leichter auf Personen und Dinge in der unmittelbaren Umgebung projizieren.

試訳:
彼がそもそもこんなところへやってくる発端となった内なるざわめきは、合成ワイン三杯を干しても静まらなかった――だが、周囲の人々やものを観察するのがたやすくはなった。

ワイン3杯で片づく問題なんだねローダンの悩み(笑)
再帰動詞 legen sich で「衰える、弱まる、静まる」。で、nicht があるから、静まらないのである。
要は、酒が入るまで周囲のこともろくすっぽ目に映らないくらい、ぐるぐると考え込んでいたのだ。

ハヤカワ版(p226)
脱色処理をうけているらしく、肌は柔らかな黄色にきらめいていた。

原文:
Zweifellos hatte er eine Pigmentmanipulation durchführen lassen, denn seine Haut schimmerte in sattem Gelb.

試訳:
肌が濃い黄色にきらめいているのは、明らかに色素調整をほどこしたもの。

Pigmentmanipulation でグーグル検索したら、一番上にPerrypediaのMironの項がひっかかったのには失笑した。Pigmentは「顔料、染料」。そして形容詞 satt は、エルトルス人の挨拶「食って太れ」の“食って”の部分。満腹とか、色の場合は「濃い」である。
真っ黄色なので一目瞭然、という流れなのだが。肌の色を調整している→脱色という先入観コースまっしぐらで、色が薄くなっているから柔らかという、原文まるで無視なのはいかがなものか。

あと、ミロンくん、わりと普通の言葉遣いだが、彼は「思春期のアルコン人(ein halbwüchsiger Arkonide)」――青年と訳しているが、テラナー換算でティーンエイジャーと思われるので、もっとはすっぱな言い回しの方がらしかろう。「お気に召したかい?」みたいな。ハヤカワ版だと、挑発してないよね。
口座がないのは……親の許可がないと課金できないゲーマー少年みたいだな(笑)

ハヤカワ版(p227)
ふたりの女の片方がカウンターに近づいてきた。その顔の表情をみれば、現実感をすくなくとも半分はなくしていて、

原文:
Eine der beiden Frauen kam den Kontaktbalken entlang. Ihrem Gesichtsausdruck war deutlich zu entnehmen, dass sie sich mindestens für einen halben Realitätsentzug entschieden hatte

試訳:
女たちの片われがカウンター沿いに近寄ってきた。顔つきから、少なくとも半ば以上の現実逃避を決め込んでいるのがありありとみてとれた。

Eine der beiden Frauen kam den Kontaktbalken entlang. Ihrem Gesichtsausdruck war deutlich zu entnehmen, dass sie sich mindestens für einen halben Realitätsentzug entschieden hatte

ふたりの女性は、最初からカウンターにいる(p225)。

Entzug は「抜き去ること、取り消し」と手元の辞書にあるが、自分でそれを決め込んでいることから、おそらく「現実逃避」。“半分”とは、1日の半分、すなわち一晩となる勘定か。一夜のアバンチュール希望であるw

ハヤカワ版(p228)
まったく知らされていない理由により、進化から排除されてしまったのではないか、という不安だ。

原文:
die Furcht, von der Entwicklung ausgeschlossen worden zu sein, aus Gründen, die man ihm nicht einmal mitteilte.

試訳:
誰も教えてはくれない理由で展開から取り残されていくという不安。

Entwicklung は、例えば前回取りあげたp186の事例のように「進化」の意味もたしかにあるのだが、ローダンでは一般的に事態ストーリーの「展開」である。
置いてけぼりだから、ものごとの動きが止まって見えるのかな、という不安なのだ。

ハヤカワ版:
「あなた、いらいらするわね」

原文:
≫Du irritierst mich≪,

試訳:
「なんだかふしぎな人」

試訳は2004年私家版そのままである。
動詞 irritieren には「イライラする」の意味がたしかにあるが、他に「迷わす、惑わす」もある。この後で、「ツアー客じゃないしここの市民でもないし」とイロイロ品定めしていた部分が列挙されるので、そのどれにも当てはまらない、(判断を)迷わせる人、と考えて試行錯誤した結果、上記のようになった。超訳で申し訳ない。

でも、逆ナンする相手にいきなりこのセリフはないだろうw >ハヤカワ版
#いまだったら、「よくわからない人ね」だろうか。それでも超訳か。

ハヤカワ版(p229)
もっとあなたのことが知りたいわ。きょうは憂鬱な気分なの。

原文:
Ich würde dich gern näher kennen lernen. Ich mag melancholische Männer.

試訳:
もっとお近づきになりたいわ。カゲのある男性って好きよ。

いやもう、これ何がなんだか……(笑)
「男性」Männer を「マナー」とでも読み違えたのだろうか。せめて、憂鬱な男性の気分なの、だったらまだわかるんだけどねえ(肉食系かw

まあ、日本語の“陰のある”って、本来もうちょいポジティヴな意味合いなのだが。
……いま気づいた。憂い顔の男性って好きよ(はあと)にすればよかったのだ。

ハヤカワ版(p232)
流線形で、テラニアはじめテラの多くの都市の建設現場で見かける、ありふれたマークが描かれている。

原文:
eine Maschine, die Tropfenform besaß und neutrale Embleme trug, wie sie bei vielen Konstruktionen in Terrania und anderen Städten Terras üblich waren.

試訳:
涙滴状で、エンブレムにもこれといった特徴はない、テラニアはじめテラの諸都市でごくありふれた設計のマシンだ。

自家用グライダー(Privatgleiter)と言っているのだから、建設現場はないだろう。
正確には、テラニア他の都市で見かける多くの設計(型式)のグライダーで普通に見かけるエンブレム、ということになるのかな。ニ●サンとかト△タとかw
私家版訳はそのへんの修飾関係がごっちゃになってはいるのだが。

ハヤカワ版:
操縦するロボットが現地の交通管制にしたがっているということ。それだけを見ても、この誘拐は不可解だ。

原文:
ein sicheres Zeichen dafür, dass der robotische Pilot keine Schwierigkeiten mit den lokalen Gegebenheiten hatte. Alle diese Beobachtungen machten die Entführung um so rätselhafter.

試訳:
ロボットに土地勘がある、確かな証拠だ。観察すればするほど、この誘拐はいっそう謎めいてくる。

現地の交通管制にしたがわなかったら、白バイおっかけてきちゃうのでダメだろう(笑)
ローカルな諸事情についてロボット(パイロット)は問題点を持たない→よく知っている、という判断で上記試訳に。

ハヤカワ版(p233)
念のため、ロボットに声をかけるのはやめておいた。

原文:
aber er hütete sich, zu den Robotern zu sprechen.

試訳:
ロボットに話しかけるのはやめておいた。

誤訳ではない。ここではちゃんと訳してるんだなあ、と > hüten sich。
p188の事例ではgdgdだったのに。

ハヤカワ版:
「そのとおり」柔らかい声がレンタル・ルームのなかから聞こえた。「わたしだ」

原文:
≫Tatsächlich≪, klang eine sanfte Stimme aus der Kabine heraus, ≫er ist es.≪

試訳:
「これはこれは」やわらかな声がキャビンから響いた。「ほんとうに、彼ですね」

試訳はほぼ2004年私家版のまま。
いまだったら、「ほんとうに」(中略)「彼なのですね」、くらいだろうか。
ああ、あの貧弱な少年がほんとうにオトナになったのだなあ(慨嘆)。みたいな表現なのだと思われる。それこそ、よくもまあ、である。

ハヤカワ版だと、カルフェシュがテレパスみたいになっている。だいたい、なんでこの原文で「わたしだ」になるのかな? 彼とそれだよ? わたしじゃないよ?

ハヤカワ版(p235)
だが、そのことにともなう悲劇についてはわかっていない」

原文:
und ES verkennt nicht die damit verbundene Tragik.≪

試訳:
それにともなう悲劇についても理解している」

誤認していない、である。まあ、(キミは)わかっていない、のつもりかもしれないが、ちょっとそうは読めない。
私家版では、前の文章の“予見している”にオンブにダッコで、「そして、それに結びついた悲劇も」でごまかしていた。

ハヤカワ版(p240)
なにひとつうまくいってないって、だれもがあなたを非難してるんですぜ」

原文:
An allem kritisierst du herum, nichts kann man richtig machen.≪

試訳:
まわり全部にかみついて、まるで誰もまっとうな行動をとれないみたいに」

誰も何にもちゃんとできない、と皆を非難している、のはあなた(ローダン)である。
さっきまで、山積する問題をかたづけてほしいとローダンに懇願していたのだ。そんな問題児みたいな言いがかりはよくないだろう(笑)

ハヤカワ版(p241)
「信じられないほど巨大な罠に。思いきって脱出しようとしないかぎり、けっして脱出できない」

原文:
≫In einer unglaublichen und gigantischen Falle, aus der wir nur entrinnen können, wenn wir uns immer weiter aus ihr herauswagen.≪

試訳:
「信じられぬほど巨大な蟻地獄にな」

直訳すると、絶えず脱出を試みつづけた時だけ脱出できる罠。→絶えず脱出を試みつづけていないと呑み込まれてしまう罠→蟻地獄。という連想である >私家版

ハヤカワ版:
無間隔移動

原文:
einen distanzlosen Schritt

試訳:
無間歩

誤訳ではない。
ディスタンスレス・ステップ(Distanzloser Schritt)は、ファンダムでは長いこと“無限歩”で通用していた。
距離を伴わない移動手段、という意味ではハヤカワ版で何ら問題ないのだが、絶対移動(Absolute Bewegung)とかとは原語が異なるので、“歩”を使ってみたいとゆーそれだけの話ではある。

ライレなどコスモクラートのロボットの他に、ATLANシリーズの次元エレベーター〈プトール大陸〉の魔術師が使用したとされる。これはバルディオク・サイクルと同じ頃である。
850話でバルディオクたち強者が宇宙城と《平面》の間を移動した〈物質化(Materialisation)〉も同種の技術かと思われるが、詳細は不明。ただしケモアウクが無間歩を用いたのは〈目〉を持っていた時だけのようだし、別モノだろうか。

ハヤカワ版(p243)
「気にいらない事実でも、うまく折りあいをつけたほうがいいってこともあるよ」

原文:
≫Es kann sein, dass ich auf Dinge stoße, die dir nicht gefallen≪, gab er zu bedenken. ≫Manchmal ist es besser, so etwas mit sich selbst auszumachen.≪

試訳:
「望ましくないものをみつけちゃうかもしれないよ」と、指摘する。「こういう問題は、たいていは自分で解決した方がいいんだ」

ふたつの文章をひとつにしてしまっている。まあ、翻訳にはありがちなことかもしれないが。それにしても略しすぎではなかろうか。グッキーが行動する部分がすっぽり抜け落ちている。

ハヤカワ版:
「頭では理解してるけど、それは間違いだって感じてるのさ。

原文:
Du hast das auch erkannt, legst es aber falsch aus.

試訳:
そこまではあなたも気づいたけど、解釈をまちがえてるんだ。

不死者であることを間違い(falsch)だと感じているわけではない。不死者である自分は、そうではない普通の人々と交わることはできない、と考えていて、グッキーはそれが逆だと言っている。ローダンが苦痛に感じているのは、下々(笑)への道ではなく、上位存在(の一部)となる道が閉ざされている(責任感的な意味で)ことなのだ。

ハヤカワ版(p244)
「ぼくらの前からいなくなるんだね」イルトがローダンに聞こえないよう、小声でつぶやいた。「むずかしい決断が待ってると思うよ。それがどう転ぶかは、あんたがいつかもどってくるかどうかにかかってる」

原文:
≫Du wirst uns jetzt verlassen≪, sagte der Ilt so leise, dass Rhodan ihn nicht hören konnte. ≫Eine schwere Entscheidung steht dir bevor. Davon, wie sie ausfällt, hängt ab, ob du jemals wieder zu uns zurückkommst.≪

試訳:
「いくんだね」グッキーの声は、ローダンには聞こえないほどかすかなもの。「重大な決断が、あなたを待ってる。帰ってくるもこないも、その決断しだいなんだ」

ob は「~するかどうか」。「それに(どう決断するかに)かかっている/あなたがいつかぼくらのもとへもどってくるかどうか」である。
重大な決断とは、〈それ〉を構成する意識内容のひとつになるか否か。前者を選べば、当然、ローダンは帰ってこないのだ。

こうして不死者にしてなお人間であるペリー・ローダンは、数々の疑問を抱いたまま、エデンIIへと跳躍する。

彼はアルコン技術を元手に、相争う三大ブロックを牽制しつつ第三勢力を、ひいては太陽系帝国を築きあげ、統一された人類を宇宙へと導いた。
〈それ〉の配置した“銀河の謎”を解き、人工惑星ワンダラーを発見し、細胞シャワーの使用許可を得て相対的不死者となった。これはやがて――約束された――細胞活性装置へと引き継がれる。
数々の敵を撃退し、あまたの銀河を訪れ、幾多の謎に直面し、そのいくつかは解明され、この宇宙を形づくる秘密についての知見を得るも、それは壮大な秩序維持機構の片鱗にしかすぎなかった。
振りかえれば、もう彼には自分という個しか残されてはいなかった。

どれだけ長い時間を生き、どれだけ多くの偉業を成し遂げようとも、ローダン自身は一個の人間でしかない。第7章のタイトル「その男(Der Mann)」には、そんな含みもあるのだと思う。
だってまだあなたは人を愛することができるんだから――というグッキーの言葉は、けだし名言である。

そして、次章〈それ〉との対話の後に訪れる新時代とは、すなわち、人間ペリー・ローダンの新たなスタートでもあるのだ。

「第4部 フォルツ宇宙の進化モデル(仮)」へと続く。
鬱屈した日々を後にしてワンダラーを訪れたペリー・ローダン。これを迎えた超知性体〈それ〉が開陳した秘密とは。

今回がんばった分、次回は未定(笑) でも、ここさえ過ぎれば、最終回の分はもうほぼできあがってるので……。

Posted by psytoh