時間超越 未来 (Reprise)

ハヤカワ版, 誤訳

「もうちょっとだけ、つづくんじゃよ?」って書いとくべきだったかな(笑)

3月に上げた「未来」の記事が、あまりに投げっぱなしだったので、一応ちゃんとやることにした。
最後にgdgdと文句いってるけど、そこまでは、別に読まなくてもかまわないからw

■266p

ハヤカワ版:
 冷たい風がアルティプラノを吹きすぎていった。
 やつれた錆色の犬が、ティアワナコの見捨てられた通りを駆けていく。犬は休みながら、あたりの匂いを嗅ぎ、とても理解できない現実を無理やりにうけいれようとした……つまり、人間がいないという事実を。
原文:
Kalter Wind streicht über den Altiplano.
Ein abgemagerter rostfarbener Hund schleicht durch die verlassenen Straßen von Tiahuanaco. Ab und zu hält er inne und hebt witternd den Kopf, als müsse er sich immer wieder von der unglaublichen Tatsache überzeugen, daß keine Menschen in der Nähe sind.

試訳:
 冷たい風が、アルティプラノを吹きすぎていく。
 痩せこけた錆色の犬が、人影のないティワナクの通りをとぼとぼと歩いていた。ときおり脚をとめては頭をもたげ、においを嗅ぐ。近くに人間がいないという信じがたい事実を、くりかえし再確認するかのように。

動詞 schleichen は「這う、忍び歩く」で、けっしてタッタカ駆けているわけではない。だいたい、腹をすかした痩せ犬である。情景は想像がつくはず。
分離動詞 innehalten は「とまる、動きをとめる」。休みやすみ、は意訳としてありえるだろうが、やけに元気そうな(笑)訳文の犬にしては変な表現。直訳すると、「ときどきとまって、においを嗅ぎつつ頭をあげる。」くらいか。

als 以下の文節は、犬の動作……しきりにフンフンやってることの説明。英語でいう as if ――まるで~のように、として考えるとわかりやすい。まるで、犬(男性名詞なので代名詞は er )は何度も何度も自分を納得させなければならない、ようだ。そして納得する必要があるのは、信じがたい事実――人間が近くにいない――である。

ハヤカワ版:
 しばらく前から、食べ物を見つけるのがむずかしくなっている。
 鍵のかかった家に忍びこみ、生きるのに必要な物資を調達するのは、容易ではない。
 いずれ、次に近い町に移動して、食物を探さなければならなくなるだろう。唯一のなぐさめは、この高原に狩猟動物がほとんどいないことだ。
原文:
Seit einiger Zeit hat der Hund Schwierigkeiten, Nahrung zu finden.
Es ist nicht einfach für ihn, in die großenteils verschlossenen Häuser einzudringen und die Vorräte ihrer Bewohner zu plündern.
Früher oder später wird der Hund versuchen müssen, die nächste Stadt zu erreichen und dort nach Nahrung zu suchen. Fü die Jagd ist er zu klein, außerdem gibt es hier oben auf dem Altiplano nicht viel Jagdbäres.

試訳:
 しばらく前から、食糧の調達がむずかしくなっていた。
 大半は鍵のかかった家屋におしいり、備蓄をあさることは、犬にしてみれば容易ではない。
 いずれは近場の町へ移動して食糧をさがさねばなるまい。狩りをするには体躯が小さすぎ、アルティプラノ高原には、そもそも獲物となる小動物がほとんどいなかった。

動詞 eindringen は「押し入る、侵入する」。もともと、犬が「忍びこむ」という表現に、個人的には違和感を感じる。猫なら納得したかもしんないけど(笑) 犬が家屋に侵入する場合、ひそかに、というよりは、どかんどかん体当たりして入口こわして入るんじゃない?
動詞 plündern も「略奪する、荒らす」である。

die nächste Stadt は「一番近い町」……ぶっちゃけ、隣町である。次に近い町、という表現は、この犬が、すでに別の町から移動してきたことが前提になると思うのだが。

Jagdbäres は「狩ることができる対象、狩りの獲物」である。アンタッチャブルを「触ってこないもの」って訳す? これをまちがえたのみならず、前後で意味が破綻するからか、犬が狩猟をするには小型すぎることがすっぱり削除されている。おいおい。

ハヤカワ版:
 風の吠え声にぎくりとして、太古の本能がよみがえった。だが、それだけである。
やがて不規則な足音が聞こえた。
 耳が油断なく動く。
 わきの通りで、するどい発射音がとどろいた。
原文:
Über das Brausen des Windes hört der Hund plötzlich ein Geräusch, das er bereits fast vergessen hatte. Alte Instinkte erwachen in dem Tier. Mit zitternden Flanken bleibt es stehen und sieht sich um.
Der Hund hört unregelmäßige Schritte.
Seine Ohren bewegen sich aufmerksam.
Auf einer Seitenstraße kommt eine hagere hochaufgeschossene Gestalt.

試訳:
 猛りくるう風にのって、ふいに、ほとんど忘れかけていた物音が聞こえた。昔ながらの本能がめざめる。わき腹をふるわせつつ、立ち止まると周囲をうかがった。
 犬が聞いたのは、不規則な足音だった。
 注意深く耳が動く。
 横道のひとつに、ひょろりと背の高い人影があらわれた。

「だが、それだけである。」で、いったいどれだけの描写を切り捨ててるんだ? 必要なとこ、すっかり消えてるじゃないか。音が聞こえる→なんか本能が刺激される→足音だ!→どっちどっち?→わき道から誰かが……と、のっぽさんの登場につながっているのに。スタート地点でつまずいたうえに、ゴールがまた……。

aufgeschossen は、確かに動詞 aufschießen 「射撃・砲撃で破る、火などがぱっと散る」の過去分子だけどね。この動詞自体、「育つ、伸びる」の意味があるんだわ。さらに過去分詞 aufgeschossen だと、「ひょろ長い」姿 Gestalt が、横道にあらわれたわけだけど……。
これ、もう完全に、翻訳ソフトの弊害としか考えられないわ。主語が Gestalt で動詞が kommen なのに、発射音がとどろいた? 原文見てたらありえないだろう。つーか、見てこれなら、読解能力、Google翻訳以下じゃんか。
#ちなみに現在は「側の通りにリーンひょろっとした姿です。」になる。英語をはさむため hager が浮いたようだがw よほど大意をつかんでるじゃない(爆)

■267p

ハヤカワ版:
 犬は無心に尾を振る。
 一方、いきなり出現した異人は、通りを観察した。だが、すべてが塵におおわれていて、なにも察知できない。
 だが、犬はなにかをおぼえているようだ。尾を振って、なついてくる。
原文:
Der Hund beginnt mit dem Schwanz zu wedeln.
Der Fremde sieht die Hauptstraße hinauf und hinunter, als müsse er sich erst einmal orientieren. Er ist über und über mit Staub bedeckt.
Erinnerungen überwaltigen den Hund. Er wedelt mit dem Schwanz und windet sich hin und her.

試訳:
 犬はしっぽをふりはじめた。
 見知らぬ男は、メインストリートをきょろきょろと見回している。まるで、ここがどこかわからないようだ。頭からつまさきまで、すっかり埃まみれである。
 人間と暮らした記憶があふれかえり、犬はしっぽをふりつつ、じゃれついていった。

犬については、しっぽふる→じゃれつく、で徐々にグレードアップしてると思うのだが。まあそこまで考えんか。
で、「いきなり」は、登場シーンがすっぽぬけたからであって、普通に姿を見せた人物の描写である……が。これも、原文と比べると、切った貼ったしている。訳文最後の「何も察知できない」は、たぶん前半の「ここがどこかわからない」がお引越ししている。なので、たんに異人(アラスカ)がほこりまみれなのが、方角のわからない理由と化してしまった。

アラスカが汚れまくりなのは、(わたしの主観ではあるが)石像のある遺跡に存在した時間の井戸から、えっちらおっちら町まで歩いてきたためだろう。何度も何度も、このあとの場面のように、風のまきあげる砂塵をかぶってきたと思われる。

そうして、人類の下僕、卑しい哀れな犬っころなのか、チャッピーにはいい人がわかるんですのよかしらんが、とにかく犬は、人間様だあっ、とじゃれつくわけだ。しっぽふりふり、自分はぴょんぴょん、であるw

ハヤカワ版:
 奇妙なシチュエーションではあった。男がひとり、犬を連れて、ティアワナコの通りを歩いていくのだから。
 風が強まる。
 褐色の砂塵が、犬と男をつつんだ。
 両者の姿は一体化したように見える。
 すべてが現実とは思えない。人と犬は一体になって……
原文:
Es ist ein seltsame Bild: Ein Mann und ein Hund allein auf dieser verlassenen Straße von Tiahuanaco.
Der Wind wird heftiger.
Er wirbelt Staub auf und hüt Mann und Hund in dunelbraune Wolken.
Die beiden Gestalten scheinen sich darin aufzulösen.
Alles sieht ein bißchen unwirklich aus, und kein noch so scharfer Beobachter hätte mit Sicherheit behaupten können, überhaupt einen Mann und einen Hund gesehen zu haben…

試訳:
 奇妙な構図だ。見捨てられたティワナクの通りに、ただ男がひとりと、犬が一匹。
 風が強まった。
 まきあげられた埃が、男と犬を褐色につつむ。
 ふたつの姿は、砂塵にまぎれかき消えた。
 なにもかもが、どこか非現実的に見え、どんな鋭い観察者でも、しかとは断言できなかろう。はたしてそこに、男と犬がいたかさえ……

通りが verlassen ――見捨てられていなければ、別に異常でもなんでもないシチュだとは思わんかね(笑)

さて、問題の「一体化」だが。これ、なんでこうなるのか、さっぱりわからんわ。原文を直訳すると、「ふたつの姿は、その(砂塵の)なかに溶け(て消え)たように見えた。」となる。これを、溶けあわさってひとつになった、と読んだのかね。

つづく文章は、なおひどい。後半、まるっきり翻訳されてないのだから。直訳してみようか。「すべてがちょっぴり非現実的に見うけられる、そして(著者より)もっと鋭い観察者だって、確信をもって、そもそもあそこに男と犬がいたんだよ、と主張できるやつなんかいやしない。」だ。最初の一節しか生き残ってないじゃないさ。そこに、謎の超訳をリプライズさせて、かっこよく仕上げたつもりなのだろうか。

……。
反復までしたので、いちおう、総評めいたことを。
もはや翻訳じゃなくて創作である。しかもまちがってたら、単なる原作無視の誤訳じゃないの。

翻訳ソフト見直した方がいいよ? と言うべきか。それとも、独文和訳からやりなおせ、だろうか。前にも書いたけど、超訳なんて、原意が正しく汲みとれてこそだと思う。起承転結を、さらに盛りあげるために、起承転々々々結、とするにしたって、結末の内容までは変えられまい(少なくとも、話が連続してつづくローダンの場合は、だが)。その場だけ格好ついたらいいや、とか、まさか思ってないよね。
独文和訳と翻訳は異なるもの――それも重々承知している。しかし、ここまで取りあげた例で、実はわかりやすくていい訳、ってあっただろうか? 位置関係わかってない、時系列理解してない、何のこと言ってるのか脈絡あわない……。読者は混乱するばかりだ。
つじつま合わないな、というなら、大方、前の部分を訳しまちがえているのだ。遡って直そうよ。不整合な部分を削除したり改変して、よけい不明瞭な部分が増えるとか、どんだけ前しか見てないのかと思う。

コメントではすでに書いたが、正直、月2回刊は内容的には悪い方向にしか働かないように思われる。だれも翻訳チェックしてないよね? 五十嵐さんは、どうやら用語と言いまわし調整(と、創作?)で手いっぱいのようだし。本来、複数制は「うわ、今月の○○さんの担当、すごいなあ。よし、負けてられん!」とか、「あ、△△さん? 今回のアレ、もっとこうした方がよかったんじゃない?」とか、お互いの切磋琢磨があるべきだと思うのだが。年齢・キャリアとかバラバラなうえ、五十嵐さんでワンクッション入ってしまうので、そのへん難しいかな。少なくとも、担当外の分まで原書コピーもらって確認する酔狂な御仁はいらっしゃるまい……。

まあね、エモシオンの一件以来、色眼鏡で見てるところがあるのは、自分でもわかっているんだけどねえ。少なくとも、この照合見た読者の信頼度は、まちがいなく下がったってことだけは、理解してもらいたいな。翻訳チームの皆さんには。
別に、好感度下げたくてやってるんじゃないし。こんな大人げないこと、やらんですむなら、やりたかない。やる必要ないように、してもらいたい。頼むから、さ。

Posted by psytoh