ドイツSF大賞2019ノミネート作

ドイツSF

7月15日付けのDSFP公式サイトにて、本年のドイツSF大賞ノミネート作が公表された。
対象は2018年にドイツ語圏で印刷物として初出の、SFジャンルのオリジナル作品。授賞式は11月にドレスデンで開催されるペンタコン(SFCDの年次大会)にて執り行われる。
余談だが、今年は同じペンタコンで、ファンタスティーク大賞の授賞式もダブルで開催される。

ノミネート作は以下のとおり:

長編部門 Bester deutschsprachiger Roman:

Dirk van den Boom / Canopus / カノープス(冷たい戦争1)
Dirk van den Boom / Varianz / 分散 (《サイズ》の旅路2)
Andreas Brandhorst / Die Tiefe der Zeit / 時の深淵
Robert Corvus / Das Imago-Projekt / イマーゴ計画
Andreas Eschbach / NSA / NSA – 国家安全保障局
Ben Calvin Hary / Koshkin und die Kommunisten aus dem Kosmos
    / コシュキンと宇宙からきた共産主義者たち
Willi Hetze / Die Schwärmer / 群人
Tom Hillenbrand / Hologrammatica / ホログラマティカ
Julia von Loucadou / Die Hochhausspringerin / 摩天楼ジャンパー
Sebastian Schaefer / Der letzte Kolonist / 最後の植民者
Annika Scheffel / Hier ist es schön / 美しきこの世界
Christian Torkler / Der Platz an der Sonne / 太陽に近い場所

ローダン作家でもあるロベルト・コーヴスの『イマーゴ計画』。作者個人サイトの紹介文は以下のとおり:
「星々のはざまの虚空を満たすものは、闘いと破壊の他ないのだろうか?
28隻の大宇宙船団を組んで銀河をゆく最後の自由な人類にとり、破壊された地球はすでに遠い記憶にすぎなかった。仮借なき敵に追われる彼らは、これ以上ないほど異質な知性体と遭遇する。恒星を覆う球体スフィア。そこに生きるものが誰であれ――ファーストコンタクトで人類をはるかに凌駕していることを示した――スパコンと携帯端末ほどの差を。
戦争の数千年は軍部を肥大させていた。しかし、カーラ・ジェスコンは、紛争のかなたにある平和へのチャンスという夢を抱いていた。彼女の信念は、内戦のすえ自由を喪失した一隻の船《エソックス》管理を命じられたとき、試練に直面する。当時の人々は、人間とコンピューターの共生が脱人間の道へ通ずると考えていたのだ。だが、そのぎりぎりの体験が、カーラに暴力の渦を脱する最良の手段を教える。彼女はスフィアとの接触を利用して、人類に自らと宇宙とを調和させる未来を開こうとする。」
――Amazon.deの短文紹介だと、軍部はスフィアと戦端を開くことを試みるようで、大勢に逆らおうとするカーラの運命や如何に。なお、タイトルのイマーゴ計画は、スフィアとのコンタクトの際に出てきた概念らしい。

『コシュキンと宇宙からきた共産主義者たち』の作者ベン・カルヴィン・ハリーはファン・シリーズ〈ドルゴン〉参加からはじまってローダン・ミニシリーズでも数編を担当し、最近だとローダンのYouTubeチャンネル担当者としての方が顔が売れているだろうか。
本作の舞台は1958年。本国への強制送還をのがれるため、ロシア人の物理学者ボリス・コシュキンは、スプートニク・ショックに揺れるアメリカのために宇宙船の建造をでっちあげる。彼の曰く“宇宙エンジン”は数日で木星までの距離を往復できる、と。ところが、これがKGBやCIAどころではない勢力の関心を招いてしまう。銀河文明の技術水準を超える“宇宙エンジン”の噂に仰天した宇宙人のスパイ、 共産主義のバナナ型宇宙人モッコシンが、コシュキン教授とロケットを、娘のナターシャと、将来の娘婿(予定)たる技師のジェフリー、ついでに隣人のザイツェフともども宇宙へと誘拐したのだ! “宇宙の冷戦”にまきまれた教授一行。ことはもはや狂言ではおさまらない。いまや全人類の命運が彼らの行動にかかっているのだ――。
書評を見るに、どうやら作者自身がガルヒンコンやらコンヴェンションで序盤の朗読会をして評判を呼んだらしい。ナルシスト気味だが人間味のある教授、ちょっぴりのろまな助手、勝ち気でアタマの切れるヒロインと、キャラの立った古き良き時代のSF、だそうな。ちょっとフラッシュ・ゴードンを思い出した……発明は“ベーパーウェア”(作者曰く)だけどね(笑)

短編部門 Beste deutschsprachige Kurzgeschichte:

Galax Acheronian / Trolltrupp / 豚部隊トロル・トループ(Sprung ins Chronozän収録)
C. M. Dyrnberg / Intervention / 介入 (Nova 25収録)
Rico Gehrke / Rauschen / ノイズ (Sprung ins Chronozän収録)
Thorsten Küper / Confinement / 隔離 (Nova 26収録)
Andreas G. Meyer / Kill! / 殺れ! (Spliff 85555: Ebersberg収録)
Nadja Neufeldt / Im Regen / 雨の中 (Erstkontakt mit Violine収録)
Uwe Post / Kurz vor Pi / パイの少し前 (Spektrum der Wissenschaft 10/2018収録)
Tobias Reckermann / Der unbekannte Planet / 未知の惑星 (Nova 25収録)
Nele Sickel / Muse 5.0 / 美神ミューズ5.0 (Phantastische Sportler収録)
Jutta Siebert / Die Schwimmerin / 泳ぐ女 (Fiction x Science収録)
Tetiana Trofusha / Coming Home / カミング・ホーム (Inspiration収録)

アンドレアス・G・メイヤーの「殺れ!」が収録された短編集『シュプリフ85555:エーバースベルク』は、なんだかよくみかける、音楽(ミュージシャン、アルバム)にインスパイアされた作品集のひとつ。
東ドイツ出身のカルトな人気を誇る歌手ニナ・ハーゲンが西ドイツに亡命した翌年(1977年)結成したニナ・ハーゲン・バンド――が、まもなく一悶着あって(笑)、中心メンバーによって1980年あらたに立ち上げられたニューウェーブバンドがシュプリフ(マリファナの意)。そのセカンド・アルバム(バンド単独では実質ファースト)として1982年にリリースされたのが「85555」。Neue Deutsche Welleの代表的バンドのようで、YouTubeにもクリップが多数アップされている。
本書はこのアルバムに収録された楽曲を章題に、全21篇の作品(作家19名)で構成されている。

1 Déjà-vu (デジャヴ)
Gabriele Behrend / Hugo / ヒューゴー
Albertine Gaul / Bruchlandung / 不時着
2 Heut’ Nacht (トゥナイト)
Galax Acheronian / Die letzte Nacht / 最後の夜
Johann Seidl / Küss mich, bevor du gehst / 別れの前にキスをして
Gabriele Behrend / Küss mich noch einmal heut’ Nacht / 今夜もう一度キスをして
3 Notausgang (非常口)
Anna Noah / Cicada-401 / シカダ=401
Christina Wermescher / Flieh mit mir / いっしょに逃げて
4 Carbonara (カルボナーラ)
Diane Dirt / Traditionen / 伝統
Regine Bott / Strange Encounter / 奇妙な遭遇
Merle Ariano / Carbonara / カルボナーラ
5 Computer sind doof (コンピューターは抜け作ドゥーフだ)
Paul Sanker / Schöne Aussichten / 美しき展望
Sven Haupt / Türöffnerzauber / 扉を開ける魔法
Thomas Jordan / Mondo Utopia / 理想の世界モンド・ウートピア
6 Kill! (殺れ!)
Nele Sickel / Keine Asche / 灰も残さず
Andreas G. Meyer / Kill! / 殺れ!
7 Duett komplett (完璧な二重奏)
Gard Spirlin / Der rote Kadett / 赤いカデットオペル
Francis Bergen / Duett Komplett / パーフェクト・デュオ
8 Jerusalem (イェルサレム)
Friedhelm Rudolph / Hirngespinste / 妄想
Enzo Asui / Mannariegel, ungesüßt / 甘くないノンシュガーマナーリーゲル
9 Damals (あの頃)
Robert Koller / Damals / あの頃
Gard Spirlin / Säulen der Ewigkeit / 永遠の柱

ナディア・ノイフェルトの「雨の中」は処女短編集『ヴァイオリンとのファーストコンタクト』に収録された一篇。夜になると必ず雨が降り、星空の見えない惑星には、とあるエイリアンたちが住んでおりました――作者のサイト〈梟の日常〉によると、昔の新聞で読んだSF短編で、いつも雨が降っている惑星から子供たちが移住しなければならなくなった話(くらいしか記憶にない)が発想の由来であるそうな。出版社の宣伝文から推察するに、「雨雲のなかに古い知識が隠れている」エピソードなのかな。

ウーヴェ・ポストの「パイの少し前」は、「スペクトラム・サイエンス」誌の昨年10月号収録で、オンラインで全文が閲覧できる。世界銀行の証券取引エキスパートの女性マキシム・プサール嬢(仮名)が勤務シフト前にチャットしている文章の彼女側だけ――一人称の独白調である、が。チャットといいつつ、オンラインに“直結”している彼女、なんだか様子が変。実は職場から何度か、現在各所でハッキング発生中、みたいなメッセージが届いているのだが(笑) わたしまだ、勤務シフト前だしー、みたいに流してしまう。そして最後に、あれ、おかしいな、仕事中じゃないのに、なんでアタシの首にケーブルが……プッツリ、みたいな。セキュリティ、ザルじゃないか(笑)
なお、タイトルは「Piの少し前だから、シフトまでまだ時間がある」という表現が数回出てくる。パイ(円周率)ではないのだが、なんの略語かはさしあたり不明。

テチアナ・トロフシャは1991年ウクライナ生まれ。家族でドイツへ移住し、脚本関係の高等学校で学ぶ。どうやらSF・ファンタジー関係の著作は本編がはじめてのようだが、収録された『インスピレーション』はイラストレーターAndreas SchwietzkeのCGとセットになった作品集みたい。判型も特殊で、画集っぽいつくりである。

■ドイツSF大賞公式サイト:www.dsfp.de

Posted by psytoh