バジスバジス亀の子バジス (3)

ハヤカワ版, メモ, 誤訳

というわけで、亀の子バジス最終回は、《ソル》に次いでシリーズで最も長期にわたりメインをはった巨艦《バジス》の形についてである。
なお、試訳では、ルナ緊急オペレーションのリーダーを英語読みに直してある。同姓のSF作家の邦訳が、このあいだ当のハヤカワ文庫から出ているのだが(笑)
閑話休題。

バジスのカタチ

先日、コミケ会場でrlmdi.のブースを訪れた、あるファンの方が、「《バジス》の形がわからないんですが……」とおっしゃっていたそうな。それは、そうだろう。そもそも前回の質問の発端が、《バジス》の描写は原文じゃどうなってる? という点から遡ってのものだったのだ。本来形状を知っている古株のファンが首をひねる表現で、はじめて《バジス》に接する読者が思い描けるわけはないのである。

ハヤカワ版 (p166-168)
 パーツ群は同一平面上に集まりだし、やがて直径十キロメートルを上まわる円盤を形成。さらに数分すると、円の外周部に赤道環のような構造物が見えるようになる。
「なんという怪物!」と、ルナ緊急オペレーションのリーダーがあきれて、「人に聞かれたら、これをどう描写すればいいんだ?」
「わたしなら、カメに似ているというな。それも、救命浮き輪にはまりこんで、うごけなくなった」と、ハミラーはからかうようにいった。「甲羅のうしろがドーム状に、高くつきだしているな。極端なカーブを描く構造物ではないが。からだが浮き輪にはまってしまい、おびえたカメが、だれかに助けられるのを待っている感じか……とにかく、捕まったカメのイメージは、これにぴったりだ」
 レドフェーンはすっかり興奮し、ひとさし指をつきだして、
「だが、あれはなんだ?」と、どなる。「あいつはカメとは似ても似つかないぞ!」
 テラ評議員は友がさししめす方向に目を向けた。月面ボートはハミラーが“救命浮き輪”と呼んだ赤道環をぬけ、なにかの構造物を回避したところだ。
「危険はなさそうに見えるな」と、応じる。「どういうものか、調べてみよう!」
     
 レス・レドフェーンとペイン・ハミラーは、不吉な前兆に満ちた三五八六年一月二十二日の午前十時半から十二時までのあいだ、ネーサンがバジスと名づけた構造物を、至近距離から観察しつづけた。
 月面ボートはゆっくりとバジスの周囲を飛び、やがてその全容が明らかになってくる。
 深さの違うふたつの皿状構造が、バジスの中核を形成していた。皿は一方が深く、一方がたいらで、縁が重なりあっている。この“縁”の部分を、切断面が半円形の赤道環がとりまいているのである。皿は直径が九キロメートル、赤道環は太さが千五百メートルで、全体の直径はあわせて十二キロメートルに達した。
 べつの構造物がふたつ、ちょうど皿状構造物を両端からはさむかたちで、向かいあっている。一方は赤道環から数キロメートルつきだしており、皿との接合部は断面が平行六辺形になっていた。六辺形は先端にいくほどひろがっていき、真横から見ると開いた漏斗、あるいは台形に見える。
 その反対側、バジスの前縁と思われる部分の構造物は、円錐状の基部で接続された、たいらなプラットフォームだった。赤道環の湾曲部から、ほぼ一キロメートル伸び、赤道環と同様の孤を描いている。
 ボートはつづいて、ハミラーがとりあえず“上面”と名づけた、湾曲した皿の表面にそって飛んだ。表面には、円形のプラットフォームが五つあり、この円内には湾曲がなに。プラットフォームはさいころの五の目状に配置されており、中央のひとつは直径が三千メートル、あとの四つは千二百メートルほど。
「こいつが着陸プラットフォームじゃなかったら」と、ハミラーはいった。「学位を返上するぞ!」
 さらに上面の構造物をいくつか見たあと、こんどは“下側”にもぐりこむ。こちら側では、長く伸びるチューブ状の湾曲を見つけた。長さは十キロメートル、チューブの高さは八百メートルに達するが、用途はまるでわからない。

原文:
  Die Masse der Teile formte sich zu einem flachen Gebilde, dessen Durchmesser mehr als zehn Kilometer betrug. Es war kreisförmig, und wenige Minuten später ließ sich erkennen, daß sich entlang der Kreisperipherie eine Art Wulst bildete.
  “Mein Gott, was für ein Mostrum?” stöhnte Redfern. “Wie würdest du das beschreiben, wenn dich einer danach fragte?”
  “Ich würde sagen, es gliche einer Schildröte, die in einem Rettungsring steckengeblieben ist”, antwortete Hamiller belustigt. “Hochgewölbter Rückenschild, nicht ganz so stark gewölbter Bauchschild. Das verängstigte Tier hat natürlich den Kopf eingezogen. Dann kam jemand und hat den Rettungsring darüber gestülpt. Er paßt genau. Die Schildkröte ist darin gefangen.”
  Voller Aufregung stach Resu Redfern mit dem Zeigefinger durch die Luft.
  “Aber dahinten!” rief er. “Da ist etwas, das mit deiner Schildkröte nicht so ganz zusammenpaßt!”
  Hamiller blickte in die Richtung, in die Redfern zeigte. Auf der dem Boot abgewandten Seite des Gebildes entstand etwas, das den Ringwulst, den Hamiller als Rettungsring bezeichnet hatte, durchbrach und überragte.
  “Die Sache scheint ungefährlich genug”, sagte er zu seinem Freund. “Laß und nachsehen, was es ist.”
     
  Zwischen 10:30 und 12:00 an diesem schicksalsträchtigen 22. Januar 3586 wurden Resu Redfern und Payne Hamiller die ersten, die das Gebilde, das NATHAN die BASIS nannte, aus nächster Nähe zu sehen bekamen.
  Als das kastenförmige Boot die BASIS langsam umrundete, wurde folgendes offenbar:
  Das Kernstück der mächtigen Konstruktion bildeten zwei metallene Schalen unterschiedlicher Wölbung, die wie zwei Teller – der eine tief, der andere flach – mit den Rändern aufeinandergesetzt worden waren. Um den Rand dieses Gebildes zog sich ein Wulst von kreisförmigem Querschnitt. Die Schalen hatten bereits einen Durchmesser von neun Kilometern. Der Wulst, dessen Durchmesser fünfzehnhundert Meter betrug, fügte weitere drei Kilometer hinzu, so daß die Gesamtkonstruktion einen Durchmesser von zwölf Kilometern besaß.
  An zwei Stellen, die einander gegenüberlagen, war die Symmetrie des Gebildes unterbrochen. An einer Stelle ließ der Wulst eine mehrere Kilometer breite Lücke für einen Einsatz, der zunächst die Form eines Quaders hatte, sich nach außen hin jedoch in einen riesigen Trichter verwandelte, der weit über die Rundung des Gebildes hinausstach.
  Auf der gegenüberliegenden Seite ragte eine Art Schürze aus der BASIS hervor. Sie bildete eine ebene Plattform von konischer Natur. Ihr vorderer Rand, der rund einen Kilometer jenseits der Rundung des Ringwulstes lag, war wie ein Kreisbogen gekrümmt.
  Sie flogen über die steiler gewölbte Mittelfläche, die Hamiller willkürlich als “oben” bezeichnete, und stellten fest, daß es in der Schale insgesamt fünf kreisförmige Plattformen gab, die aus der Wölbung ausgespart waren. Die großte lag genau in der Mitte des Gebildes und hatte einen Durchmesser von drei Kilometern. Die andern vier waren näher dem Rand hin symmetrisch angeordnet und hatten jede einen Durchmesser von zwölfhundert Metern.
  “Wenn das keine Landeplattformen sind”, sagte Hamiller, “dann gebe ich meinen Diplom zurück!”
  Das Boot kreiste mehrmals um die riesige Konstruktion. Auf der “Unterseite” entdeckten die Männer zwei langgezogene, röhrenförmige Ausbuchtungen, von denen jede eine Länge von zehn Kilometern besaß. Die Höhe der Röhren betrugn achthundert Meter. Ihr Funktion war nicht ohne weiteres ersichtlich.

試訳:
 パーツ群は直径十キロ以上ある平たい構造体を形成。円盤状で、数分足らずのうちに、外周部に沿った環状構造も確認された。
「神よ、なんたる怪物だ!」レッドファーンがうめくように、「だれかに質問されたら、あんた、なんて描写する?」
「そうだな、さしずめ、救命浮き輪にはまり込んだ亀、かな」と、ハミラーがおもしろそうに応じた。「高く突き出した甲羅、あまり湾曲していない腹部。おびえた亀は、むろん頭はひっこめているな。そこへ通りかかった誰かが、救命浮き輪を上からかぶせた。サイズはぴったり。あわれ亀は身動きもならず、というわけさ」
 すっかり興奮したレス・レッドファーンは、人差し指でびしりと指し示して、
「じゃあ、後ろのあれは! 亀にはそぐわない代物があるぞ!」
 ハミラーはレッドファーンの指した方向に目をむけた。物体の、ボートから見て反対側に、ハミラーが救命浮き輪と呼んだリング構造をさえぎるように突き出す何かが形成されつつあった。
「たいした危険はなさそうだ」と、友人にむかって、「見てみようじゃないか、あれが何なのか!」
     
 運命をはらんだ三五八六年一月二十二日の十時半から十二時にかけて、レス・レッドファーンとペイン・ハミラーは、ネーサンが《バジス》と呼んだ物体を至近距離から見た最初の人間となった。
 箱状ボートでゆっくりと《バジス》を周回した結果、次のようなことが判明した。
 強大な構造体の中核は、湾曲度の異なる二枚の合金殻。向かい合わせに縁をくっつけた二枚の“皿”――深皿と平皿――のようだ。合わせ目に沿って、断面が円形のチューブが構造体をとり巻いている。合金殻だけですでに直径九キロメートル。そこへ千五百メートル径チューブによって三キロが加算され、全構造体の直径は十二キロに達する。
 物体のシンメトリーは、互いに向かい合う二ヵ所で断ち切られていた。一方では、チューブの数キロにわたる間隙に、外部へと漏斗状に広がる方錐台がはめこまれ、物体外周から大幅にはみ出していた。
 反対側では、一種のエプロンが突き出していた。コーン状の平たいプラットフォームで、先端は環状チューブの外周からさらに一キロ、アーチを描いて突出している。
 ハミラーが便宜上“上”とした、大きく湾曲した円盤部付近を飛ぶと、外殻には五つの円形プラットフォームが確認された。むろんそこは湾曲していない。最大のものは中央にあり、直径三キロ。あとの四つは外周近くに均等の間隔をおいて設置され、直径はどれも千二百メートルであった。
「あれが着陸プラットフォームでなかったら、学位を返上するぞ!」と、ハミラー。
 ボートは巨大構造体を幾度も周回した。“下”側では、二本の細長い管状隆起を発見した。どちらも長さは十キロメートル。高さは八百メートルに達するが、それだけではどんな用途を果たすかはわからない。

……。
ここで、図面をご覧いただこうか。1100話『フロストルービン』付録の《バジス》断面図解ポスターである:

BASIS (Poster)

収録サイトはMateriequelle ……rlmdi.では通称「ぶっせん」。
デザイナーは、オリヴァー・スコール。後にアメリカ版『ゴジラ』や『インディペンデンス・デイ』のプロダクション・デザインを手がけた人物である。一応、これがオフィシャルな《バジス》のカタチだと思ってほしい。

以下、順を追ってハヤカワ版のおかしなところを見てみよう。
「同一平面上に集まりだし」は、明らかに蛇足。推進部ブロックとか、想像以上にでかいぞ。
Ringwulst……「環状隆起」を「赤道環」としたのは、松谷先生の名訳だと思うが、あくまで球形船の話であって、ディスク型艦艇で赤道環はどうよ?――と書こうとしたら、ブルー族の円盤船にも Ringwulst があるそうな。うーん。

「甲羅のうしろ」と訳すと、なんだか甲羅の高さが前と後ろで異なる、非対称なものを連想してしまう。ハヤカワ版だと、「背中の甲羅」と「腹部の甲羅」を区別していないから、そんなおかしなことになってしまう。これについては、後半でも「深さのちがう平皿」と、大事なことだから2回言っているのに。

「ぴったり」なのは、男性代名詞 er で、これは「救命浮き輪」der Rettungsring をあらわしている。イメージなんて、どこにも書いていない。文章の前後まで操作して、理解力の及ばなかったことをごまかしているようにしか見えない。首と手足をひっこめたところに、サイズが丁度の浮き輪をはめられて、亀は捕らわれ(=gefangen)て身動きとれない状態なのだ。助けてほしいかもしれないが、そんなことは、形の描写には含まれていない。

「月面ボートは(中略)なにかの構造物を回避したところだ。」は……正直、ひどい。ハミラーが何を見たのか、訳せていない。ちょっとカンマで文章が区切られていると、すぐ主語も目的語も見失ってしまうのは『バルディオク』の時と同様だ。
「物体の月面ボートから見て反対側で、何かが生じている。その何かは、環状構造(ハミラーの曰く救命浮き輪)を突き抜け、突出している。」
ボートは、あくまで位置関係を示すものであって、何も能動的動きはしていない。ここでハミラーとレッドファーンは、円盤構造体から大きく張り出した後部駆動ブロックの生成を目撃したのである。

リングの断面は「円形」kreisförmig と書かれている。これを「断面は半円形」と訳したのは、「赤道環」と球形艦と同じ訳語にした弊害としか考えられない。後述するが、訳者さん、いちおう資料(イラスト)にはあたっているようだが、この断面図解を見ていなかったようだ。これさえ見ていれば、格納庫リングの断面が円形なのは一目瞭然なのだが。
少し計算すればわかるが、1500メートル径チューブのリングが、艦本体と接する側のない断面半円形なら、全体の直径は1.5キロしか増えないはずである。半円の隆起が上向いてたりしたら、ものすごいカタチだよ?

さて、続いては、問題の「六辺体」である。原語は、ない。日本語としても、はじめて目にした。
実はジョニー・ブルックによる《バジス》のイラストには、何種類かのバージョン(笑)があって、艦首操船ブロックが球形船になっていたりするものまで存在する。
後部駆動ブロックも、上記図面のように方形から裾が広がっているもの、方形に、円形漏斗が付属したもの、(今回、実例をまだみつけられなかったが)方形ではなくスカート断面が六角形のもの、などがある。訳者さん、どこかでこの最後のパターンを目にしたことがあったのだろう。

にしても、「六辺体」はなかろう。六角錐、くらいがせいぜいではないか。そもそも、該当する位置にある原語が Quader 「直方体」なのだ。他の資料を探してみるくらいのことが、どうしてできなかったのだろう。

……あとは、まあ、大同小異である。
おおよそこれで、後々長くローダンの旗艦となる《バジス》の形状はご理解いただけたのではなかろうか。……だといいなあ(笑)

「SFはやっぱり絵だねえ」とは、わたしの敬愛する野田大元帥の弁だ。最近だと、「ラノベは絵ありき」と混同されてしまいそうだが(をひ)、古今SF関係者は、その空想世界をもっともらしく「絵」にすることに腐心してきた。
ローダン・シリーズの場合は、4話に1回掲載される「断面図解」がその典型だろう。様々な種族の宇宙船や技術が、数百葉の図面となってシリーズを陰から支えている。
訳者さんたちも、たまにはそんなものに触れてみるのも、理解度を深める意味で必要なんじゃないだろうか。

いや、まあ、中には「ありえねえだろ!」とツッコミ入れたいようなものも、ないとは言わないけどね?(笑)

■Perrypedia:Die BASIS
■Perrypedia:Risszeichnungen der Perry Rhodan-Heftserie

Posted by psytoh