無限架橋 / I 蜂窩の扉

3 〈皮〉の記憶

 アメーバ状の物体――〈クメログの皮〉に憑依されたシェーデレーア。
 〈皮〉の命ずるままに、格納庫にあった宇宙船に乗り込み、自動帰還プログラムをスタートさせた彼は、目的地・ブレーンデル銀河までの200万光年の旅路に、ヘーリークの“神”の物語を知る。

 クメログ――このカントレル人は、殺戮狂のミュータント。その凶行がゆえに、おのが種族によってブレーンデルへと流刑に処された。
 しかし、突然変異のポジティヴな影響で、科学技術に広範な理解能力をもつクメログは、この処置を生き延びた。それどころか、宇宙船を手に入れ、おなじような荒くれ者を集めて海賊組織まで創りあげた。それが、小惑星クリンカーを本拠とする〈ブレーンデルの殺戮者〉である。
 彼がここまで急速に成り上がれたのは、もうひとつのミュータント能力によるところが大きい。カントレルは本来、数年に一度、脱皮する。クメログは、それをある程度まで随意にできる。
 しかも、クメログの皮は死なない。独自の知性と、絶対の忠誠をもち、他の知性体に憑依してあやつることができる。〈殺戮者〉の中枢は、そうした忠実な奴隷によって占められているのだ。

 乗艦《カント》単独でのパトロール航行の際、クメログは微弱な救難信号を傍受した。
 見たこともない形状の船は、何者かの攻撃を受けたらしく、何ヵ所かで損傷していた。そして……唯一の乗員は死の淵に立っていた。
 〈トレゴンの第四使徒〉と名乗る銀色の男は、〈通行証パッサンタム〉と呼ぶ奇妙な黒い腕輪と、急使として運んでいたメッセージを、このミュータントに託した。託してしまった。
 ブレーンデルとトロウト銀河のはざまの虚空にある“力の武器庫”へ、と告げて。
 クメログには、メッセージの意味するところはまったく理解できなかったが、その武器庫の存在に興味をそそられ、ただひとりの部下を連れ、クリンカーを出発した……。

 クメログにとって、武器庫は驚異の連続だった。
 あらゆるものが、そこにあった。
 だが、クメログは失敗した。ささやかな無知から、核火災をひきおこしたのは、彼、クメログ。まさか、そんな簡単な保安機構さえ、武器庫の展示物にセットされていないとは思いもしなかった。
 彼は逃げた。ステーションの一隅の、奇妙な円蓋柱のホールに入ろうとして、ミュータントは奇妙な威圧感をいだいた。パッサンタムが原因と思われたが、死よりはましと、クメログは強引にホールへ駆け込み……柱に触れた。
 そこにのびる、幻想的な架け橋……。
 それは、クメログにとって禁断の地。パッサンタムはそれ以上の協力をこばみ、カントレルの左腕を焼き切ると、卵型の物体に変形して沈黙した。
 クメログは、この架け橋の上に閉じ込められたのだ。
 彼に残された手段は、武器庫で偶然入手した黒いキューブひとつきり。果実の促成栽培などに用いる時間加速フィールドの発生装置らしい。
 核火災によって荒廃したステーションは問題にならない。災厄自体は、奴隷の捨て身の行動で収束しつつあった。3つの〈皮〉もそこに残してきた。だが、パッサンタムの援助なくしては、武器庫にはもどれない。
 もう一方の扉は、むこう側からでなくては開かない。しかし、そこは無人の惑星だった。円蓋柱を開く生命など存在しない。
 ……生命が存在しなければ、作ればいいのだ。
 クメログは、パッサンタムとキューブをつないで、扉のむこうへと送り出した。
 クメログとの協力はこばんだパッサンタムも、武器庫の機器となら機能した。
 キューブに与えた指令は、こうだった。
 扉の存在する惑星全体を、加速フィールドで包みこみ、切断された左手の細胞から生命を生み出す……クメログを神と崇める知性体を。
 彼らが6次元エネルギーを生成する能力を持ち、扉を開く力をもったとき、フィールドを解除する。
 そうすれば、クメログは労せずして帰還の道を得ることができる。
 彼はただ、待てばいい。自らの力で、肉体を休眠状態において……。

 ……シェーデレーアは〈皮〉の物語を聞きおえた。
 疑問はいくつもある。
 クメログは、どこへいった? 架け橋をわたったとき、シェーデレーアたちは、誰にも出会わなかった。あの円蓋柱をつつむ雲の中ですれちがったのか? あるいは、冬眠中に橋の下の無限の奈落へと転落したかもしれない。
 だが、もし……彼がトロカンにたどりついたとしたら。
 クメログのプランにあった誤算も、シェーデレーアにはわかっていた。クメログは第二の火星にアインディ禁断の保管庫があることを知らなかった。ヘーリークがそこに生じさせた爆発が6次元エネルギーを解放し、クイックモーション・フィールドは予定よりかなり早期に解除されたはず。
 クメログが最終的に何をもくろんでいたかはわからないが、ミュータントは計画のかなりの部分で、修正を余儀なくされるだろう。

 もうひとつ、トレゴンの第四使徒と名乗る存在のメッセージの問題があった。
 大いなる危険への警告であるという、このメッセージは、ついに武器庫の管制頭脳に伝えられることはなかった。はたして、それはどんな意味をもっていたのか?

『ゴエッダがめざめさせられ、旅へと送り出された』

 ……答えは、ここにはない。
 シェーデレーアは、精神安定化処置をうけ、なおかつ活性装置をもつ自分が、〈皮〉の呪縛に打ち克つことができるのを、対話に費やした数日のうちに悟っていた。
 しかし、《カント》は自動操縦で目的地へと飛行しつつある。
 あるじを捜し、なかんずく、せめてその死を確認したいという〈皮〉の希望を受け入れることにより、シェーデレーアは〈皮〉との協力関係を結ぶ道を選んだ。
 小惑星クリンカーの殺戮者たちとの遭遇をくぐりぬけ、故郷への帰還の途をみいだすために……。

Posted by psytoh