無限架橋 / I 蜂窩の扉

4 タングル・スキャン

 円蓋柱より出現した異人は、土星の衛星ミマスに運ばれた。
 彼が意識をとりもどすのを待ちかねたように、キストロ・カンの補佐官、ブルーノ・ドレンダーバウムが前後の事情の聴取を開始する。
 異人は、円蓋柱と何らかの関わりを持っている。すなわち、円蓋柱に消えたペリー・ローダン、ブル、シェーデレーアへといたる、唯一の手がかりなのだ。

 黒い肌の異人は、クメログと名乗った。しかし、ヘーリークの神であるなどとは夢にも思わぬ、ブレーンデル銀河で難船し小惑星に不時着したのだと語った。事故で左手をなくしながらも、岩塊からのびる奇妙な橋をわたり、その終点にある雲の中で意識を失って……気づいたとき、すでに見知らぬ世界にいたという。
 ドレンダーバウムは、クメログが――すべてではないにせよ――嘘をついていることを察知する。
 彼は弱いエンパシー能力を有していた。キストロ・カンだけが知るこの能力こそ、見ばえのしない丸顔の小男を、LFTコミッショナーの補佐官たらしめたのだ。どんなメンタリティを持つかわからない異人に対して、彼ほど尋問に適した人材はいなかった。
 相手が、クメログでなければ。
 一対一の再度の面会がはじまるや否や、カントレルの〈皮〉がドレンダーバウムを包みこみ、奴隷へと変えた。

 クメログは、情報を欲していた。ここは、彼にとってまったく未知の世界。
 そして、ドレンダーバウムによって、ミュータントはそれを入手する最上の手段を得た。
 スペースジェットでミマスを脱走したふたりは、通りがかりのタクスイットの商船《プリティ・プレイド》を徴発し、太陽系を離脱する。〈皮〉を帯びた奴隷がドレンダーバウムであることが、キャメロット運動にひそかに協力する商船にさえ緊急発進をなさしめたのだ。
 しかし、銀河系の星のジャングルには、クメログの予想だにしなかった事態が待ち受けていた。

 最初は、頭の中をかきまわすような不快感。
 ハイパー領域で、何者かが《プリティ・プレイド》を走査している。
 スタッカートで鳴りわたる不協和音……。
 そして、探知機のとらえた未知の走査波の発信源――全長わずか450メートルの、ハリネズミを思わせる形状のエコーを見たクメログは、パニックのあまり凍りついた。

「この銀河が、これほどの危険にさらされているとは思わなかった。
 ……急がねばならぬ」

 ドレンダーバウムは、カントレルがそうつぶやくのを、確かに耳にした。
 あの宇宙船が、いったい、どれほどの脅威だというのだ?
 ともあれ、ふたりは《プリティ・プレイド》を見捨て、爆弾をしかけると、ふたたびスペースジェットで遁走した。
 ようやく落ち着きをとりもどしたクメログが、目的地を告げる。
 銀河系でもっとも頑なに隠された世界……不死者たちの惑星、キャメロット!

 ドレンダーバウムは知らない。
 クメログの言う“危険”は、すでに銀河系に顕在化しつつあったのだ。
 その一例が、テラから4000光年の距離にある惑星ラファイエット。太陽系帝国最初期の古い植民惑星ではあるが、湿った沼地と密林が支配的で、繁栄しているとは言いがたい。
 また、この星は、アレズム遠征で勇猛さを轟かせたコマンド・ボーソレイユの成員の出身地でもあった。当時の指揮官ジョゼフ・ブルサード・ジュニアは、退役後の事故で脳に受けた損傷のため、故郷にもどり、都会を離れたキャンプ・ミラージュでひっそりと暮らしていた。
 しかし、北と南に分かれた大陸を結ぶ地峡に位置したこのキャンプは、すでに存在しなかった。姿を見せぬ殺戮者によって、そこに住まうすべての人々が虐殺されてしまったのだ。
 肉体を裏返すかのような苦痛をもたらす謎の波動の前に行動不能に陥ったキャンプの住人には、侵略者の卵型艇の襲来に際しても、なすすべがなかった。
 ジョゼフと、精神薄弱の少年ペペのふたりだけが、なぜか未知の妨害フィールドに対して免疫だった。彼らは、壊れかかったロボット“バニー”を伴い、ラファイエットの密林を逃げつづけていた。目標は、沼沢地を越えたかなたにある首都スワンプ・シティ。
 なんとかして銀河系に、この侵略者について報せねば!
 あきらめてはいけない! あきらめては……。

 突如として沈黙に陥った惑星は、ラファイエットだけではなかった。
 まもなく、銀河系の各地で続々とハリネズミ船目撃の報が伝えられはじめた。
 彼らは、いっさいの呼びかけに応じず、惑星に接近し、長時間浴びつづければ精神を破壊しかねない波動を放射する。多くの星系では、駆けつけた艦隊によってハリネズミは押しもどされてはいたが、結果は惨澹たるものだった。
 謎の擾乱波は在来探知機の走査波をもかき乱し、ためにギャラクティカーの艦艇は有効な攻撃ができないのだ。
 《ギルガメシュ》の第2モジュール、アトランの《リコ》で戦況を観察していたマイルズ・カンターは、ハリネズミ船の放つ超々高周波を〈タングル・スキャン〉――混乱の走査波――と名付けた。そう、それはあくまで“走査波”であり、これまでに目撃されたハリネズミは偵察艦であるらしい。
 偵察……。では、彼らの最終目的は何なのか?
 逃走するハリネズミを猛追する《リコ》。幾度となく繰り返される超光速航程。
 銀河系中枢部において、アルコン人は機転によってハリネズミを無力化、捕獲することに成功するが、未知の乗員たち――“タングラー”――は、みずからの肉体を焼き尽くす集団自殺を遂げた。
 アトランは残骸を回収し、研究チームに引き渡すことを決定する。あるいは、キャメロットの科学者たちなら、この残骸から重要な手がかりを見いだしてくれるかもしれない。

Posted by psytoh