肉だか魚だか

メモ

Das war weder Fisch noch Fleisch. /
それは魚でも肉でもなかった。

サッカー日本代表監督のオシム氏は、キリンチャレンジカップ2007における対ペルー戦を評して、「肉でも魚でもない試合」と語ったそうな。あまりよくないということだ、と。
オシム監督は旧ユーゴ出身だそうだが、ゲルマン系の印欧語族には、もしかして共通して存在する熟語なのだろうか。英語でも neither fish nor flesh というフレーズは、テレンス・ダービーのアルバム名などに見うけられる。
で、手元の独和辞典をみると、魚(肉)でも(獣)肉でもない、は「どちらつかず」の意とある。オシム監督の表現とは微妙にニュアンスがちがっている。あるいは、「めりはりがつかない」と言いたかったんじゃなかろーか、なんて思ったりもするのだが。サッカー観戦しない人間が言うべきことではない。

ローダン1500話では、クローン同士の親をもってうまれたブルー人キュケレンが、自分のことをこう表現している。生粋のクローンでもなければ、インヴィヴォ(生胎誕生者)でもない、ということである。テラの言いまわしがぴったりだ、と。
暗黒の七世紀の後で、銀河系に残されたクローン問題を体現した者たちを、どう言いあらわすべきか――「どちらつかず」ではいまいち弱いし、いっそ「蝙蝠だ」とやってしまおうか……。いや、それだと「鳥でも獣でもない」だしなあ(笑)
かなり悩んだ個所だったのだが。マスコミは偉大である。

――あるがままで、良いのだった。

出典:エルンスト・ヴルチェク『不死を呼ぶ声』

Posted by psytoh