無限架橋 / I 蜂窩の扉

9 侵攻とそのかげで

 惑星ラファイエットにおいて入手された情報から、アルコン人アトランは恐怖の侵略者たちに新たな名を与えた―― 〈トルカンダー〉と。
 きょしちょう座47に集結するハリネズミ船団の数はすでに10万隻を超えていた。そして、その深奥には長円型のエロウンダー艦500隻が堅固に守られている。500隻! それは、さらに500の惑星でラファイエットと同じ悲劇が起こりうることを意味するのだ。
 その艦隊に肉薄する《ギルガメシュ》では、悪夢の運命をくつがえすべく人々が苦闘していた。マイルズ・カンターによる「5次元中立相殺装置」の実用化試験である。

 武装的・質的に勝るギャラクティカーの艦艇がハリネズミ船に抗しえない理由はいくつか列挙できる。
 比較的わかりやすいのは、物量の差である。大艦隊が銀河に覇を競った時代は、とうに過去のものとなっていた。LFTでさえ、本国艦隊を動員しても16000隻である。10万隻のトルカンダー艦隊に対して、幾千もの有人星系を効果的に防衛することはしょせん不可能だった。
 そして、この圧倒的物量に隠れて見落とされがちなのが、ハリネズミ船の難攻不落さだった。
 技術的には、ハリネズミ船はギャラクティカーのそれに明らかに劣る。だが、探知障害をもたらし、同時に対人兵器ともなるタングル・フィールド、そして予測不能な艦運用をみせるストッター・エンジン(間欠駆動)の存在が、その劣勢を完璧に補っていた。ギャラクティカーの砲撃がどれほど強力であろうとも、命中しないものに意味はなかった。

 マイルズ・カンターは、ストッター・エンジンの秘密がいわゆる〈5次元ベクトル・シュレッダー〉にあることを突き止めていた。乱数ジェネレーターにより駆動の軸方向を絶えず変動しつつ、周囲半径250キロの超空間を細かく切り刻む。その結果、探知もできず、針路の予想もなしえなくなる。
 だが、真に“偶然な”乱数は、コンピューターのアルゴリズムには存在しない。そこで、コントラ・コンピューターを介してストッター・エンジンのアルゴリズムを判読するというのが、カンター式5次元中立相殺装置の基本理論だった。
 いまはまだ、解読まで5分の誤差があり、実用に耐えるものではない。しかし、これが完成すれば彼我の戦力差は大幅に縮まるはずだった。

 しかし、キャメロットの人々が銀河系防衛に全力をそそいでいるかたわらで、大方のギャラクティカーにとっては、侵略はいまだに対岸の火事にしかすぎなかった。
 トルカンダーに占拠された惑星の大半をその領土にかかえるLFTでは、キャメロットとの共闘が現実的な色彩をおびつつあった。しかし、最大の軍事力を有する水晶帝国は、先のヒューマニドロームにおける襲撃事件以降、いっさいのコンタクトの試みを拒絶している。
 また、第三勢力たるフォーラム・ラグルンドは……。

 ブルー人タイロズ・ユピケクをリーダーとするラグルンド代表団の船《アズタクト》は、LFTの中枢、ソル星系に進入していった。
 その目標はトロカン。昨年末に消失したクイックモーション・フィールドから出現した文明世界である。彼らは、トロカンにおけるテラナーの“非人道的”ふるまいに関する流言を肯定する公式な情報を求め、LFT外交部をおしきって訪れたのだ。
 だが、実際のところ、噂が真実である必要はない。副代表たるアコン人、ケントール・ヴィルゴルは皮肉に考えた。忌まわしいテラナーの本拠地に、突如銀河諸勢力のどこにも属さない有人惑星があらわれたのだ。いかなる手段を用いても、これをラグルンドの領土にせねばならない!

 きょしちょう座47において、《リコ》はカンターの実験に協力すると同時に、もうひとつの調査を開始していた。
 トルカンダーはどこから来るのか?
 ギャズカー、ゲムバの陳述から、その誕生した惑星が、トルカンディア銀河、ヴェカル人の惑星アムクリルであることは判明していた。では、トルカンディアはどこにあるのか。
 アトランのコマンドは、いまなおその数を増しつづけるハリネズミ船が、レティクル座方向から飛来することまでは突き止めていた。しかし、距離までは特定できない。
 そのとき、探知セクションから凶報がもたらされた。
 ハリネズミ船団の中に、6つの艦隊が形成されつつあった。それぞれが2000隻から成り、エロウンダー船をも含んでいる。
 それが、銀河系のウェストサイドへと針路をとって動きだしたのだ。

 ラグルンド代表団のトロカン査察は、思ったようには運ばなかった。
 テラナーは、一部の風評のような非人道的ふるまいどころか、異種族に対して信じ難いほど手篤い援助を行っており、第一公布者プレスト・ゴーを頭とするクメログ神殿も、ゲン・トリコードら巨人シムバーを動かした〈新たに息吹く者たち〉も、それを理解している。増して、ヘーリークにはヒエラルヒー構造という概念がそもそも存在しなかった。
 唯一、指導階級といえるものがあるのは、カタストロフ後に台頭した〈新リアリスト〉たちだが、そのリーダー、ヴェジュ・イコラドは、おそらくテラナーとの協力関係を一番重視しているヘーリークでもあった。
 フォーラム・ラグルンドとして付けこむべき問題は、どこにも存在しなかった。
 しかし、ケントール・ヴィルゴルはあきらめなかった。問題がなければ、つくればよいのだ。アコン人はユピトクとの謀議の後、ヒューマニドロームへ飛んだ。そこに本国から届くものが、テラナーとヘーリークの間に亀裂を生み出すだろう。

 ヴィルゴルが外交官としてヒューマニドロームに持つ自室で荷の到着を待つ間に、ギャラクティカム議事場は《ギルガメシュ》からの凶報を受け取っていた。6つのトルカンダー艦隊のひとつが、スカルファール星系、すなわちロクフォルトをめざしている!
 慌ただしく脱出をはじめる人々を尻目に、ヴィルゴルは辛抱づよく待ちつづけた。彼は骨の髄まで、アコンの生みだした謀略のエリートなのだ。
 自室のスクリーンで、トルカンダーの艦隊がスカルファール星系外縁に出現したのをみつめながら、ヴィルゴルはパニックを抑えこんだ。脱出する艦艇が足りずヒューマニドロームに残らざるを得なかったものたちが、わずかな転送機に殺到するさまをモニターで観察することで、アコン人は冷徹な理性をとりもどした。
 ひそかに自室に設置していた転送機に注文の品が届き、ケントール・ヴィルゴルが太陽系の《アズタクト》へと脱出するのと入れ違うようにして、2000隻のハリネズミ艦隊はロクフォルトに到達し、ギャラクティカム議会場を含む惑星圏をタングル・スキャンで覆いつくした。
 ようやく駆けつけたLFT艦隊にも、もはやなすすべはなく、エロウンダーの長円船がヒューマニドロームへとヴィヴォクを降ろすのを見守るしかなかった。

 トルカンダー侵攻のニュースは銀河系を駆け抜けた。あらゆる周波帯で、それは報じられていた。
 そして、同時に、侵略は進行していた。
 最初は、ウニト人の惑星マテューラだった。
 マテューラはラグルンドの加盟惑星であったが、フォーラムはわずか60隻の艦艇しか派遣しなかった。2000隻のトルカンダー艦隊は、針路変更の必要すら見出さずにこれを蹂躪した。駆けつけたLFT艦隊は、キャメロットから提供された5次元中立相殺装置を用いて、2隻のエロウンダー船の一方を破壊することに成功したものの、時すでに遅く、マテューラはタングル・フィールドに侵食されてしまった。
 次いで、アツゴラ陥落の報が伝えられた。それから、これは無人ではあったが、かつてシュレックヴルムとの歴史的な邂逅の果たされた海洋惑星エウヒヤがタングル・スキャンによって遮蔽された。いくつかの侵攻艦隊は、これまで未知の宙域へと進軍していった。
 そして……続く目標の名はギャラクティカーを戦慄させた。
 ヴェガ星系。
 LFTの心臓をわしづかみにする場所に、ハリネズミ艦隊が出現したのだ。

 トロカンの《アズタクト》に帰還したケントール・ヴィルゴルも、変わらぬ無表情でスクリーンをみつめていた。
 あるいは、彼が生命を賭してヒューマニドロームから持ち帰った植物サンプルは無用のものとなったのかもしれない。
 それは現在、ヘーリークの新リアリストたちがテラナーの援助のもと、食糧危機を克服するために栽培をはじめたものに酷似している。だが、実際は長いアコンの歴史の中でしばしば使用されてきた、暗殺用の生体兵器なのだ。それを食した者は、十中八九、心臓麻痺と区別のつかない変死をとげる。
 ヴィルゴルは、そのサンプルの正体をかくしたまま、《アズタクト》に同行していたアラス科学者に預け、促成栽培のための遺伝子操作処置を進めさせていた。
 だが、もし、ヴェガが陥落したら……。その後は、テラは本来そうあるべき、二流の地位に甘んじることになるだろう。手の込んだ策略を弄する必要もなくなる。
 スクリーンでは、キストロ・カン自身に率いられた数千隻のテラ艦が、トルカンダー相手に奮戦していた。しかし、キャメロットの秘密兵器は所定の効果をあげられずにいるらしかった。
 《アズタクト》は、すでに緊急スタートの準備を終えていた。
 LFTが敗北したら、即刻、本国へと脱出する。誰もがそのときが近いと感じていた。
 そのとき、レポーターが最新の情報を伝えた。
 戦局は、ヴィルゴルにとってすこぶるかんばしくない方向へと転じていた。
 アトランに率いられたキャメロットの部隊が参戦したのだ。

 侵攻艦隊の1割を失った時点で、トルカンダーはヴェガ系攻略を断念した。
 LFTは、その心臓部の防衛に成功したのだ。
 4000隻のうちの400隻……きょしちょう座47に残る10万隻を思えば、微々たる戦果でしかない。
 そして、そこでは続々と数千隻の侵攻艦隊が編成され、送り出されている。
 それでも、人々は酔った。はじめての勝利に。つかのまの勝利に……。

 第一テラナー、パオラ・ダシュマガンとの会談を終えたアトランは、第四惑星トロカンの地に降り立った。同行したのは、マイルズ・カンターのみ。
 クメログ神殿跡地のピルツドームの分析は、まったくといっていいほど進展がなかった。キャメロットの科学チームが、いまなお頻繁に地震に見舞われるトロカンに常駐して調査を続けているものの、その努力は円蓋柱を構成する擬態物質の前にもろくも砕け散っていた。
 マイルズ・カンターも、科学的解明への道は事実上とだえたことを認めるしかなかった。消えたローダン、ブル、シェーデレーアへといたる手がかりは、この柱しかないのだが。そして、残された手段は、ミュータントの投入――物質構造を視認し操る、ヴァンデマー姉妹の超能力しか存在しなかった。

 一方、ヘーリーク問題は、はるかに良好な状態にありそうだった。神殿派、新リアリストなどの内部分裂はあるにしても、階級を持たないかれらのこと、深刻な闘争にいたる気配はない。まして、太陽も、昼夜の変化も知らなかったヘーリークたちは、クイックモーション消失後のカタストロフから復興するという急務に、LFTの援助のもと一丸となって取り組んでいるといってよかった。
 問題は、むしろ、現在トロカンに滞在しているラグルンド代表団にあった。彼らが第一告知者プレスト・ゴーら主要なヘーリークとしきりに会談を持っていることはLFTも知っていた。その内容も、おぼろげながらつかんではいたのだ。
 おりもおり、LFT領事館をひそかにひとりのアラスが訪れていた。ハスディン・フレチ、ラグルンド代表団に随行していた科学者である。彼は、ケントール・ヴィルゴルに託された植物サンプルを分析した結果、それがヘーリークの大量殺戮へといたることを知り、良心の呵責のあまり、警告に現われたのだ。
 ラグルンドの計画を知ったアトランとLFT領事は、フレチ自身の身に危険がおよばないよう、隠密にその対策を進めることを約束して、アラスを帰した。
 なぜ――アトランは自問する――なぜ、彼らは互いに争うことをやめないのだ?

 おなじころ……。
 トルカンダーの侵攻と、ヴェガ防衛のニュースは、遠く銀河系辺境の秘密惑星キャメロットにまで届いていた。
 そして、北のボニン大陸の山麓で、ブレーンデルの魔人もまた、その報を耳にしていた。
 カントレルは、この数週、奇妙な回復プロセスにあった。父親ルディを人質にとられた形のシアことドロシア・リンゲントの調達する食糧を、およそ常人の10倍近い、おそるべき勢いで吸収していた。
 食糧の流れから異常を察知されるというシアの警告にも、クメログは耳を貸さなかった。
 〈皮〉を帯びし者、ブルーノ・ドレンダーバウムだけがその理由を知っていた。
 ミマスのクリニックでも、クメログは同様の状態を見せた。失った左手を再生し、そして……。
 まもなく、ドレンダーバウムには新たな仲間ができるだろう。
 クメログは、再び脱皮しようとしているのだ。

 ブレーンデルの殺戮者は、食糧の確保以外にも、もうひとつの任務をシアに与えた。
 彼の用意したデータに合致する銀河の特定である。
 これは、おそらくキャメロットでなければ不可能だっただろう。そして、キャメロットにおいてさえも、新開発の超空間レゾネーターによる解析を駆使しなくては無理。クメログが与えたデータは、それほど不十分なものだった。
 セクション異動を希望する届けを出したものの、シアにはやりとげる自信などなかった。
 途方に暮れる彼女は、ひとりのシガ人に出会った。
 彼、デヴィッド・ゴルガーは、シガの小人たちが種族をあげてキャメロットへと移住する以前から不死者たちの計画に協力してきた。そして、ボニンの山中から文明社会へと救出された当時のシアをよく知る少数の人々のひとりでもあった。
 シアの胸中に、いにしえの諺がよみがえってきた。
 ――シガ人なら、みつからない。

 シアから全てを打ち明けられたデヴィッド・ゴルガーは、単身ボニンまで遠征し、ルディを人質にした二人組の正体を確認する。クメログとブルーノ・ドレンダーバウム。
 事態の重要さを認識したシガ人は、ソル系から帰還したばかりのアルコン人アトランにひそかに会見を申し込む。
 アトランは、自分がクメログをいかに過小評価していたかを悟った。
 ミマス。《プリティ・プレイド》。《バジス》。オリオン-738、そしてジェットの墜落……。ブレーンデルの魔人が死と破壊のシュプールをまきちらしていながら、誰もそれを結びつけて考えなかったのだ。
 そしていま、クメログは堅牢なシステムに護られているはずのキャメロットにいる。
 しかし、それはまた、ピルツドームに消えた友人たちのシュプールが手の届くところにあることも意味していた。
 アルコン人は、デヴィッド・ゴルガーに全面的な援助を与えることを約束する。
 当面は、シアたちの安全のため、彼女自身にも秘密を守らねばならない。

 クメログの要求する銀河の探索は、デヴィッド・ゴルガーの協力によって速やかに進められた。ニュースを見たカントレルが、捜索領域をレティクル座周辺に限定したことも大きな要因だった。
 該当する銀河はただひとつ。NGC1313。銀河系からの距離は1150万光年。
 だが……と、シアは思案した。これまで彼女は、クメログが故郷銀河ブレーンデルの情報を求めているとばかり考えてきた。しかし、レティクル座方向という条件はどこから出たのか?
 ひとつしかない。侵略者トルカンダーのあらわれた方角。トルカンディアのある場所なのだ。

 クメログはシアの得たデータに満足したらしい。
 そして、もうひとつ、かれの待っていたことも起こっていた。
 ホーマー・G・アダムスの《ロストック》がキャメロットに帰還したのだ。
 クメログの得るべき船、《ギルガメシュ》はすべてのモジュールを合体させて、衛星軌道にあった。

 シアはいくつかのキーワードでアルコン人を呼び出すことを命じられた。
 彼女自身、聞いたこともない言葉。「バオリン=ヌダの武器庫」、「トレゴンの使徒」、「ブレーンデルとトロウト」そして「トルカンディア」。
 トロカンで消息を絶った3名の不死者とかかわる概念だという。また、銀河系を脅かす侵略者についても、示唆が与えられた。そうして、クメログの思惑どおり、アトランは興味をひかれ、単身ボニンへと訪れてきた。
 ルディの小屋へとアルコン人が足を踏みいれると同時に、クメログは脱皮した。
 ゼリー状の物質、新たな〈皮〉がアルコン人に憑依する。
 糸の切れたマリオネットのように痙攣するアルコン人の姿に、シアは絶叫した。
 やがて、動揺はおさまり……ブレーンデルの魔人は新たな僕を得た。

 アトランの乗ってきたシフトへと搭乗し、一行は《ギルガメシュ》へと飛び立った。
 ようやく〈皮〉になじんできたらしいアルコン人が、詰めている乗員たちに緊急発進の用意を命じる。
 それからアトランは、シアに伝えさせた概念は何なのか、と訊ねた。トルカンダーについて知っているとは、どの程度までか、と。
 クメログは説明する時間はない、と手をふった。そして、ただこう付け加えた。

「トルカンダーは想像しうるかぎり最悪の厄災だ。いま銀河系で起こっていることは、これからギャラクティカーの迎える事態の前には、無に等しい。
 銀河系は、もはや死んだも同然。
 おまえたちギャラクティカーは、ただそれを、まだ知らないだけだ」

 《リコ》の格納庫は無人だった。
 インターカムを用いてアトランが、これから司令室へむかうと告げた。反問は許さない。シアは、それが逆に乗員たちの疑問を招かないか不安だった。
 不安といえば――デヴィッド・ゴルガーはどこにいるのか?
 そう思ったとき、シアにだけ見える物陰で動きがあった。
 驚くシアの眼前で、デヴィッド・ゴルガーはにやりと笑うと、再び姿を消した。
 少なくとも、誰かひとりは味方がそばにいる。シアは安堵のため息をもらした。

 不意にブルーノ・ドレンダーバウムが足をとめた。
 彼は弱いエンパス。その能力が、通路のかげにかくれたコマンドを感知したのだ。
 アルコン人の言動が、あるいはその腹心たちに疑念を喚起させるものだったのか。
 ドレンダーバウムが警告の叫びをあげると同時に、《リコ》の要員たちが姿をあらわし、クメログにむかってエネルギーの奔流を放った。
 その瞬間、誰も予想しなかった事態が生じた。
 ブルーノ・ドレンダーバウムが射線にとびだしたのだ。
 キストロ・カンの補佐官は、クメログの生ける盾となって最後の奉仕をなしとげ……死んだ。
 そして、その一瞬の間隙をぬうようにして、アトランとクメログは側道に消えていた。
 混乱の中、あたりを見まわしたシアは、シガ人の姿もまた見えないことに気づいた。

 〈皮〉の圧迫は、ゆっくりと薄らいでいった。
 付帯脳か、それとも細胞活性装置の力か、アトランにはわからなかった。
 ともかく、彼は自由に思考し、行動することができた。
 ただ、それをクメログに悟らせてはならない。作戦は慎重を要する。
 《リコ》とのコンタクトの際には、わざと少しおかしな言動をとり、逆説的だが、彼が自由の身であることを乗員たちに知らせてあった。
 ドレンダーバウムのエンパシー能力を微弱なものとみくびっていたため、コマンドは奇襲効果をあげることができなかった。
 アトランは全身全霊をもってクメログを助け、逃げた。
 いま、クメログを殺してはならないのだ!
 ブレーンデルの魔人は、消息不明のペリー・ローダンたちにいたる、事実上唯一の手がかりなのだから。
 細い側道で、不意にクメログが立ち止まった。その手にあった銃を持ち上げ、アルコン人に擬する。
 付帯脳のシグナルを、アルコン人は無視した。いまは〈皮〉のとりこを演じることに全神経を傾注しなくてはならない。
 だが、それはあやまりだった。クメログが凶悪な笑みを浮かべて、こう指摘したのだ。

「〈皮〉からのインパルスがおかしなことには最初から気づいていた。
 おそらくは、貴様の細胞活性装置のせいか……。見るがいい!」

 アトランの体を被う〈皮〉が溶けほころびている!
 付帯脳はこれを警告しようとしていたのだ。
 もはや、すべてが手遅れ。トリガーにかかったカントレルの指に力がこめられ――電光が走った。

 一瞬の、間。
 狭い部屋を防護バリアの輝きが照らしだしていた。――クメログの!
 連射にセットされたインパルス銃からのエネルギーが、絶え間なくミュータントのバリアに浴びせられていた。
 宙に浮かんだ射手は、シガ人デヴィッド・ゴルガー!
 応射するには、クメログはバリアを解かねばならない。しかし、豆粒ほどの銃といえど、そのエネルギーに身をさらすのは死を意味する。それは時間との競走だった。連射状態の銃が過熱するのが早いか、それとも……。
 そして、クメログは負けた。
 近くにあったドアから、《リコ》の武装コマンドが吐き出されたのだ。

 エネルギーの光芒が交錯する中で、ブレーンデルの魔人は壮絶な最期をとげた。
 あとにはもはや、それが生命であったとわかる痕跡さえ残らなかった。
 アトランはその死を惜しんだ。クメログならば、彼のいだく無数の疑問の多くに回答を与えることができたはず。そして、アルコン人はあたうかぎりの報酬を支払っただろうに。
 だが、悪しきさがをおったカントレルは善をなすことを拒み、むしろ死を望んだのだ。
 アトランを覆う〈皮〉も、主人にならい何ひとつ重要な情報を漏らすことのないままに、活性装置のインパルスを受けて溶けくずれていった。
 NGC1313は、ほんとうにブレーンデルなのか? それとも恐怖の源トルカンディアか? そこに、ピルツドームに消えたローダンたちはいるのか?
 アトランの思念をこらした問いかけに、〈皮〉はただ嘲笑だけを返した。
 そして……

 ……われにはもはや、主人の仇をうつことはできぬ。
 だが、トルカンダーが代わりを果たしてくれよう。
 そう、われは確信を抱いて死ぬことができる。おまえの番も、もうすぐだと。
 おまえはもはや、死んだも同然なのだ!
 おまえたちすべてが……死にさだめられている……。
 ただ…それを……まだ…知らない……だけ…………。

Posted by psytoh